M子の、M子による、M子のためのブログ
戦後しばらくしたら大阪の道頓堀では映画館や劇場が復活しました。お休みの日に中座へ松竹新喜劇を観に行かせて貰った時のことです。切符を買うのに劇場の前で寒いから友達とくっついて並んで居るとポケット辺りに違和感がありふと見れば後ろに居たおじさんの手が友達のポケットの中に入っています。「何してるの?」と、当のおじさんは手を引っ込めて知らん顔です。未だ若かった私達はそれ以上は何も言えませんでした。それより当時はお金に縁が無くてピーピーと文無しに近くて盗られる心配が無いし、おじさんもお気の毒に狙う相手を間違えたようです。
伯母は自分が好きだった事も有りで、私に見聞を広く持たせようと文楽や歌舞伎の観劇にも連れて行って貰ったり、山の上に有る有名な寺院仏閣等と色んな説明をしながらお供をさせてくれたのに私は不肖の弟子だったようですが、お陰でその後は自分から実演をよく観るようになりましたし、ロシア文学も訳が分からぬ侭に友達から借りていっぱい読みました。何故か今は少ししか記憶に残っていません。
時々青春とは何ぞやと疑問に思った事も有りますが、近所の青年が遊びに来て、麻雀の手ほどきを受けながら仲間に入れて貰った時には、青春と言うのには余りにも寂し過ぎるけど其れなりに楽しい一時だったから、取り敢えず時代の中でその時が楽しく過ごせれば其れが青春なんだと思えば良いと割り切ったようです。身が細る程の片思いも経験して今では我が青春に悔い無しの心境になっています。
伯母は自分が好きだった事も有りで、私に見聞を広く持たせようと文楽や歌舞伎の観劇にも連れて行って貰ったり、山の上に有る有名な寺院仏閣等と色んな説明をしながらお供をさせてくれたのに私は不肖の弟子だったようですが、お陰でその後は自分から実演をよく観るようになりましたし、ロシア文学も訳が分からぬ侭に友達から借りていっぱい読みました。何故か今は少ししか記憶に残っていません。
時々青春とは何ぞやと疑問に思った事も有りますが、近所の青年が遊びに来て、麻雀の手ほどきを受けながら仲間に入れて貰った時には、青春と言うのには余りにも寂し過ぎるけど其れなりに楽しい一時だったから、取り敢えず時代の中でその時が楽しく過ごせれば其れが青春なんだと思えば良いと割り切ったようです。身が細る程の片思いも経験して今では我が青春に悔い無しの心境になっています。
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