新年早々の風邪引きだったのと買い置きの風邪薬が無いのとで、苦肉の策で以前歯の治療で貰った抗生物質の残りが風邪の菌を殺してくれるのではと一縷の望みを持ち素人考えで飲みましたが駄目だったようです。濁音の激しい咳き込みで胸と背中に痛みがきて大変でした。
と言うことで昨日ドラッグストアに行き自分で探して選んだお薬が良かったのか咳・痰・クシャミの全て治まり、あの苦しみは何だったのかと思うくらいです。普通ならテレビコマーシャルで有名な風邪薬を買うと思うのに何故か始めて目にするハガキ大のビニール袋が気になり手にしたら、総合感冒薬と書かれた下に、ビノックコバ錠、咳・頭痛・鼻水・くしゃみ・関節・筋肉の痛みの緩和と書かれています。
此の効能書きを見て即買う気になりました。夜ご飯後に一回飲むと効果てきめん苦しめられていた諸症状が嘘のように治まり、夜中が恐くて就寝前に煮豆を食べて、もう一度お薬を飲んで寝ましたが、咳に悩まされることは有りませんでした。お薬は食後30分以内に飲むようにと書かれていたので太るのを承知の上の煮豆です。
今日は咳・クシャミ・鼻水も無く過ごせて居ますが、やたら喉が渇きます。知人に薦められて、夜用の”濡れマスク”も買い掛けて寝たのも良かったんだと思います。医療関係に居た知人に注意された事は、抗生物質のお薬は風邪には効かないからと言われました。それぞれの体質に寄るでしょうけど私は良いお薬に巡り会え症状が治まった事に喜んでいます。
始めて買った、就寝用濡れマスクは、普通の不織布マスクの内側のポケットに別にパックされた濡れフィルターを入れて掛けるだけで、フィルターに小さな穴が有り鼻の部分も凹になって息がし易くなっていて乾燥してる場所では喉を保護してくれる良いマスクだと思います。以上は私の体験談をご参考までに書いてみました。
体調が一番悪い時には外に行けなくて大分治まった頃にお薬を買いに行くなんて本当に馬鹿げていると思いますが、これが独り暮らしの現状なんです。孤独死をよく耳にしますが、何だか分かるような気がします。昔なら隣近所の絆が有ったのにコンクリートの集合住宅はご近所さんと何ヶ月も顔を合わせる事が無いのです。
入居して二十年近くになるのに両隣の奥さんの顔と名字だけで、ずら~っと数軒並んでるドアの向こうに誰が住んで居るのか顔どころか名前も知りません。エレベーターで一緒になっても社交辞令程度の会話をしても記憶に残らないし、皆さん人嫌いじゃないんでしょうが面倒臭いお付き合いは避けているような気がします。
少し離れた所に住む知人が、時々私の体調を気遣い尋ねてくれて、買い物に出にくいだろうと食料品をどっさり送ってくれますが、食べる物は困らぬ程度に備蓄が有るので大丈夫ですが、独り暮らしだと本当に欲しい物が買いに行けないのが不便です。夜中に思いっ切り咳き込んでる時は同居人が居ないので気を遣わなくて良かったって思います。
旅日記で書き忘れた事を少し書き足します。私達の泊まったホテルの名は「シャングリラホテル」です。英国作家のヒルトンの小説に描かれた「失われた地平線」の中で”理想郷・桃源郷として描かれている風景が中国の雲南省の中旬県に似ているので中国が勝手にシャングリラ{香格里拉}県に改めたと知りました。
以前中国のテレビドラマで観た時に余命幾ばくもない女性が汽車に乗りシャングリラを目差して行く途中で息を引き取ると言うストーリーの気憶が残っています。シャングリラホテルもロビーが広く良い香りがする桃源郷とまでは行かないまでも綺麗でお洒落なホテルでした。
マレーシアの街でヤシの実に似た{マンゴウかココナッツ?}物の上に穴を開けて中の果汁を飲むように売られていて女性が買ってくれ、ストローで飲みましたが無味、水分を飲んだら中に乳白色で2㎜ほどの物をスプンでこそぎ落として食べろと言われて食べたけどこれも期待はずれの味無しです。
モノレールの車内の天井が低くて180㎝も有る男性は頭が着きそうになっています。多種多様な人種が混在して喋る言葉も入り交じってる国ですが、住めば都とは良く言ったもので皆さんそれぞれの生活を楽しんでいらっしゃるようでした。静岡県から来たご夫婦は物価が安いから3ヶ月体験ホームスティをして良ければ移り住むとか、私は日本が一番良いのにと思っています。
乗り物のキップはエコで古びたプラのカードの遣い回しで印刷が剥げていて、違う乗り物ではプラスチックのコイン型をした子供の玩具みたいな物を台にタッチして入り、出る時は回収口に入れるのです。棒を躰で押して出入りしますが何かの弾みで棒が動かない時は他国だけにドッキとします。
いよいよマレーシアとお別れの夜が来ました。迎えの車で空港に向かい出国手続きを済ますとラウンジでいっぷくして待つ間にいつもの食い意地が張って食べまくったのが仇となり搭乗して直ぐにジュースやお菓子等を配りに来ても首を振るだけで飲む気も食べる気も起こりません。帰りの機内では動くのも嫌でトイレにも行かず座席に貼り付いた侭です。
日本は冬、あちらは常夏だから機内でコートが邪魔になり、どうしようかと思ったら往復共にCAさんが集めに来てくれてホント助かりました。機内で履き替えるスリッパを配ってくれますが、ボール紙と不織布?のようなお粗末な物で履いてみたら足にそぐわなくて結局窮屈な靴を脱ぎ靴下の侭でくつろぎます。
出発が日付けの代わる時間だったので殆ど眠っていましたが、物珍しさも手伝い座席の手摺りに印された矢印をあちこちと押してたら座ってる背中あたりの何かが上下してきて、何と背中のマッサージをしてくれてたようで、気持ちが良かったです。もし触りまくらなかったら気付かずに損をするところだったわ何て思いながら取り敢えず付いてる色んなボタンを押しまくってきました。
早朝に関空に到着して旅行カバンは宅配便にお願いする事に、お土産を仕分けしたらお互いの家に向かい「おつかれさま」と言いながら南北に別れ、私は空港バスに揺られて家路に向かいます。夕方宅配便の旅行カバンを受け取りマレーシアの旅は終わりました。今度の旅を振り返ると何処に行ったか何を食べたか余り記憶に残らず旅行記とは名ばかりで、下らない事を書き連ねて本当にご免なさい。
果物と言っても現地の人が好む味覚とのズレを強く感じました。帰国する日の朝観光案内の為に知人の女性が再びホテルに迎えに来てくれて、国産品が並ぶ場所に案内してくれキラキラ光るブローチや頭に被る物などのお土産を買い、中国人の店が並ぶ商店街などを歩きますが、お腹に響く太鼓やドラに合わせて着ぐるみのキャラクターが踊ってる店が有り人垣が出来て居ました。
何処の国でも歩道にテーブルと椅子の風景は良く見掛けますが、堂々と車道にまでせり出して人で溢れてる道を一方通行の車がクラクションも鳴らさずボチボチと進むのを見て、ある意味のんびりしてるような気がします。観光客を呼び込む人も居て喧騒の中を進んでる時に突然彼女が英語で話し掛けてくるのに孫の通訳がないと意味不明でホント情けなかったです。せめて英語くらい喋れないとね~。
ホテルを出るギリギリまで街を歩き回ったり買い物をしたり食べ歩いたりと彼女のお陰で観光を楽しむ事が出来ました。此の1日は電車の移動でしたが、此処の国に住むには車が必須だと聞かされます。物価が安いのは良いけれど移動には階段が多くて躰に問題を持つ身にはきつくて住み難い国のようです。