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M子の、M子による、M子のためのブログ

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ニュースを見てたら、「金」の値段が高くなりアクセサリーを売りに行く人が増えていると言ってました。先日姉が姪に頼んで売りに行かせて高く売れたと喜んで居たのに其れよりも高くなってるようです。もうちょっと待てば良かったのにと思うけど時の相場は予測出来ないから困ります。

円高もしかりで、以前慌てて銀行に走った人にも言えることです。先日も日本経済が信用できないからと外国で預金していると言う芸能人が悔やんでいました。長い目で見れば慌てなくても落ち着くのにと思いますが、其れが何年先になるかが問題で、今までに景気の良し悪しを何度も見てきた者としては、一喜一憂しながらの人生だったような気がします。

昔から私の持論ですが、人間棺桶の蓋がしまった時に自分の生きて来た道を振りかえる事が出来ると言うことです。浮き沈みしながらも普通に死ねたら良いけど、無惨な死に方だけは避けたいと思うのと、人並みに生きられたら言うこと無しだと思います。今日も知人が「スイカはあまり好きじゃなかったのに、いま無性に食べたい」って、悔いが残らないよう食べたい物は食べればと言いました。

最近、特に思うことは生きてる内が華だって、やり残して悔いを残すより誰にも迷惑を掛けなければ良いと思い、自分の願望を出来る範囲で叶えてあげようとしています。旅行も歩ける間に、食べたい物も自分の歯で噛める時に、残された時間が少なくなり毎日が焦りを感じながらの生活です。




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独り暮らしをして居ると時々人恋しくなり、其の都度余所の家にお邪魔することにしてますが来られる方はホント迷惑な話です。一応伺っても良いかを打診をしてから行かせて頂いて居ます。今日も家族全員が揃ってる時に伺うと皆さん快く迎えてくれました。

昼食にハンバーグとキュウリ・ハム入りのポテトサラダの横にトマトが添えられた物が出てきました。ハンバーグは子供達が同居してた時に作ってましたが、夫と二人暮らしになってから面倒な料理は避けていたので、久しぶりの食事は懐かしさと共にとても美味しかったです。

会話の中で家人の一人が先日外出先でスリに財布をすられたと教えてくれました。帰宅するお金も無くてお金を届けて貰ったそうです。すられた財布は私好みで同じ物が欲しいと思っていた物で、少し大きめの財布にはカード類から何でも入り、中に保険証やキャッシュカード類などを全て入れて居たそうです。

お金を下ろしたばっかりだったとショックを受けていましたか、直ぐに交番に届け金融機関にも届けたと言っていましたが後始末が大変そうです。落とした物なら運が良けりゃ拾った人が警察に届けてくれる事も、スリにすられた物は悪用されても決して自分の元には返って来ないと思います。

最近のように事故に遭ったり殺されることを思えば財布の一つや二つどうってこと無いと慰めましたが、保険証やポイントカード等を全て無くなった訳ですから大変なことです。自戒を込めながら大事な物はカバンの中に分散して持った方が良いのではと一応アドバイスしてあげました。因みに私はキャッシュカードや保険証は必要が無ければ持ち歩きません。

落としたりスリにすられたりは簡単ですが、色んな物の再発行は手続きが大変そうだから気を付けねばと思う此の頃です。






お盆なので日中の暑い時間にお寺参りに行ってきました。道中は相変わらず人の行列でなかなか前に進めません。大阪の天王寺には大きなお寺が二つ有り、駅から続く列が途中で別れます。一方は昔からの由緒ある立派なお寺で、其の名の通り大阪人が言う「天王寺さん」です。

もう一方のお寺は何時建立{こんりゅう}されたのか知りませんが、縁あって私は新しい方にお参りする事になりました。方向音痴の私には道順が分かり易いのと、道を隔て別に建てられた冷房付きの広いお堂の椅子に座り、ちょっとひと休みしてから本堂にお参り出来るので此処のお寺にして良かったと思っています。

お寺へはバスと地下鉄に乗っての往復です。地下鉄の途中の駅で赤ちゃんを抱いた若いお母さんが荷物を持って乗って来て空いた席に座ろうとした時、三十代くらいの女性が後から来た友達を座らせようとするのを見て赤ちゃんのお母さんが退きました。

其れを見た私は何だか落ち着かなくて堪らず「宜しければお掛けになりませんか?」と立ち、声を掛けると「有り難う御座います。直ぐに降りますから」と、降りる時も「有り難う御座いました。さようなら」と言ってる声が向かい側に座ってる根性の悪そうな二人の女性にも聞こえてた筈です。

其の時思ったのが、がらの悪い言葉で申し訳ないけど、こいつらホンマの大阪のおばちゃんと違うなって、ホント嫌な光景を見ちゃいました。車内放送でも困ってる人に席を譲ってあげてと言ってるのに、昔人間の私から見て、ほんの一部でしょうが人の情が薄れて来たような気がします。

今の日本の建物はとてつもなく高い建物や平屋だったりとバラバラって感じなのに比べて此の度のヨーロッパ旅行で見たイギリスの家屋は古いなりに格調が高い様式で建てられて居たし、パリはそれなりに雰囲気が有る同じような建物で統一されていて外から見た限り風格が有り良いなって思いました。

果たして住むのに何処の国が良いかと問われたら、やはり私は日本だと言うでしょう。パリで生活してる人の実際の暮らしを見て居ないので表面だけで判断をしちゃいけないと思いますが、たまたま宿泊したホテル全体と客室を見て驚いたのは確かです。

パリで工事をしてる建物を見掛けたけど、外装は残して中だけを改装してるようでした。日本ならさっさと更地にして新しい建物が建てられるので、街全体が統一感もなけりゃ重みも無く、日本らしい個性の有る建物とはおよそ縁遠いものになってるようです。

戦争を境に生活様式が一変して時代と共に洋式が当たり前になりました。確かに和式より洋式の方が合理的で暮らし易いです。戦後街の殆どが焼け野原だったのが、逞しく復興して行く姿を目の当たりにして日本人として誇りを持ってました。

今はどうでしょう誇りが持てません。毎日のように政治家の内輪もめばかり見せられて大丈夫か?って心配です。折角住み良い日本になったのに小さな島が周辺国に侵略されそうで、日本の将来はどうなるのかと此の世に心が残ります。{一体何が言いたいねん?って自問自答しながら・・・}


戦時中の事を思い出すと腹立たしくなりますが、真面目な顔をしてやってたなとバカらしくなります。例えば町内会から招集が掛かりブリキのバケツを持って集まり水を半分ほど入れたバケツを手渡で順番にリレーしてニメートル上の的にぶっかける訓練です。

空から処構わず火の塊になった筒状の焼夷弾がバラバラと落ちて来て一瞬の内に火の海になり逃げるだけで精一杯なのに、普通の火事でも消すのが大変なのにホントちゃんちゃら可笑しいです。国から強制的に家屋の床に防空壕を掘れって言われて掘りましたが、家が燃えれば完全に焼け死にます。

外に灯りが漏れてはいけないと電気のカサに黒い布を被せ、少しでも灯りが漏れてると時々見回りに来る町会の人に注意され、夜中に空襲警報のサイレンに脅え外に出たら、敵機のB29が銀翼を光らせて飛んで来ると同時に照明弾で街一面が昼間の明るさ以上になり、灯り漏れの注意は何だったのかと思いました。

田舎に疎開してる時も町会からの命令で、汽車で遠くまで行き竹槍で米兵を突くお稽古に行ったけど、突く前に機関銃で皆殺しにされるのが先なんじゃないかと思いつつも余計な事を言えば即刻捕まえられるので黙って従ってましたが、相手は焼夷弾から爆弾に原子爆弾までお構いなしに落とす国だったのに無駄な抵抗をしたものです。




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冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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