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M子の、M子による、M子のためのブログ

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昨日、私が旅に行く為の歩行練習を兼ねて難波から心斎橋まで歩きました。休日だったせいか前に進みにくい位の人出です。小雨が降るのに道頓堀の橋の所で傘もささずに手に何か持った男性達が若者の男女を問わず何やら声を掛けています。

何を言ってるんだろうと気になり、側に行って聞き耳を立てました。「居酒屋で~す。色んな食べ物がいっぱい有ります」とチラシを手渡そうとして居ます。居酒屋の客引きだったんだと思う反面、十人ほどの男性が大阪で有名な引っかけ橋に出張して客引きとは、久しぶりの道頓堀で見た光景にビックリしました。

大阪の此処、南にはコスプレのお店や実際に着て歩いてる女性も居て、唇の両側にピアスをつけた男性などと色んな人々が集まって来ますが、不自然さを感じさせない不思議な街のようです。大勢の人が同じ方向に行進して行く姿は壮観としか言いようが有りません。

難波から道頓堀辺りは外国の人達が集う街だと紹介されますが、日本人の私でさえ興味深い街であります。昔の老舗が数を減らし新規のお店が幅を利かせて、気付けば私も引き込まれるように輸入食料品店に入り珍しい商品を手に取り吟味していました。

大阪の街にはシャッター通りも有れば、人々がアホほど集まる商店街も有りで、人生には紆余曲折と栄枯盛衰が織り混ざってるようで何だか恐いです。俗に大阪の繁華街と言えば、「北」は大阪駅周辺、「南」は難波から心斎橋辺りを南北の総称としています。
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きょうは午後から雨が降ってるのに旅行代金を払いに行って来ました。孫との待ち合わせする時、どちらが先に着いてもデパートの片隅に置かれた長椅子に座って待つ事にしてたのが既に先客が居て座れません。

先に着いた私は婦人服売場を見ながら少し進んだら目の前に座り心地の良さそうな椅子がたくさん置かれた素敵な場所を見付ける事が出来ました。空調は高めで有り余り涼しく無いですが、是からの待ち合わせは此処に決まりです。

数年前に新しく出来た難波パークスに足を延ばし昼食は何にしょうかと、孫の提案でバイキングを食べることになります。私的には気が進まなかったのに色々と仕組みの説明を聞く内に其の気にさせられて着いていきました。

テーブルに着くと、「何でも良いからお願いします」と給仕掛かりを孫に任せます。ぼ~っと待ってると大きめの木のお皿に何種類ものお総菜を綺麗に盛り付けて持って来てくれて食べるのに専念しますが、どのお料理も美味しくて何度も往復して運んでくれました。

デザートには白玉ぜんざいやスイカに他の珍しい果物などをいっぱい頂きました。最初入店した時に制限時間を告げられたのが90分です。思いっ切りゆっくり過ごしたのに結構時間を残してお店を出ます。他のお店は食べ終わると何時までも座ってられないのにバイキングは落ち着けて良いなって見直しました。

青・紫・ピンクなどの花が手鞠のように咲くアジサイは、長雨の季節を彩る風物詩として親しまれ、開花から日が経つにつれて花の色が様々に変化し咲き終わるまで楽しめるから花言葉では「移り気」「辛抱強い愛情」「元気な女性」などと言うそうです。

小学校の児童が夏休み前に持ち帰って来るのが朝顔の鉢植えですが、子供達は余り興味が無く結局は親が水やりの面倒をみていました。午前中に花がしぼんでしまうから、花言葉は「はかない恋」。ツルがしっかり巻き付くので「結束」「偉大なる友情」と言うらしいです。

戦後間もない頃の気の遠くなるような大昔の話を思い出しました。疎開先の田舎に居た頃、都会からの疎開者は食料の調達が難しかったのです。其処の土地の人は畑を持っているので、日常生活で困る事は有りませんが当時はジャガイモやサツマイモを手に入れるのが大変でした。

田舎の夏は家の前に縁台を出し近所の人も集まり話しに花が咲きます。何時の間にかお友達になった少年が大きな篭に入ったサツマイモを持って来てくれた時は嬉しくて、今の子と違いロマンチックとはおおよそ縁遠い贈り物ですが当時は何よりの物でした。

神戸に家が建ったので引っ越しをすることになり、サツマイモの送り主ともお別れです。手紙の交換をしようと、その時に花言葉が載った小冊子が有り、花言葉で文通する約束をしました。数回やりとりをしてる時に姉から祖父に密告されて、お説教された揚げ句にピリオドがうたれ呆気なく終わりです。

距離的に離れた所に住んで居て何の問題も無いのに、ちょっとした恋愛ごっこの真似事で機嫌良く遊んで居たのに、見付けた姉が祖父に告げ、その時の気分は嫌なものでした。姉が私に秘密主義だと責めますが、むかし告{コク}られたトラウマが今も引きずっているからだと思います。

六十年以上前のことが花言葉を見て鮮やかに甦ってきました。私の為に良かれと思いした事でしょうが、洋裁学校をサボって映画を観に行った時も私のカバンを調べて母に告げたりと、だから何も言いたくないのです。告る行為は絶対にしちゃいけないと思っています。

最近和服を着ている人と言えばお正月か成人式とか大学の卒業式の時期に見る位です。何か特殊なお稽古事をなさってるのか中高年の女性がお召しになってるのを珍し気に拝見する事が有ります。

ある冊子に書かれた「断捨離」の文を読んでると、小さい身近なものから捨てるように、先ずお財布の中のレシートや、引き出しの中の着物とか本もです。躾の掛かった侭の一度も手を通していない着物をタンスの肥やしだと言われても、そう簡単には捨てられません。

一個買ったら捨てるのじゃ無くて、捨ててから買いなさいと、使い切って居ない物を捨てる時は「ごめんなさい」、長年使った物には「ありがとう」と言えば気持ちの整理が付くとも書かれていますが、確かに物が増える一方で収捨がつかなくなっています。

「もったいない」を言い訳にしたり、捨てる後ろめたさの免罪符にするなと、おっしゃてるけど捨てる事って難しい作業です。本当は邪魔なんだけど新品に近い物だったり、結構なお値段だったりでゴミとして捨てるには忍びなく出来ることなら貰って下さる方が居ればと思います。

十年近く開けていない衣装箱の入ったクローゼットの中を見るのが恐くて、今ではガラクタの山が部屋を占領し始めてゴミ屋敷は目前です。整理やさんの広告が入る度に頼もうかと思いながら、トラブルに巻き込まれるのが嫌で躊躇して居ます。いずれ纏めてお願いする日が近いことだし、後の人に託し放っとくことにしました。
先日デパート経由で何か頂けると言うハガキを手にイソイソと出掛けて行きました。デパ地下の食料品売場に行くと店員さんがハガキを受け取りながら何か如何でしょうと売り込みの口上を述べ、買わなきゃ何にもやらないぞと言わんばかりです。

あかんたれの私は、頂き物のお茶が沢山有るのに、欲しくもないお茶を買う羽目になり、お茶の包みと一緒に渡されたお土産は何だろう?と期待して中を見たらホンマにしょおもない小さな味付け海苔3パックです。此の時ほど自分の貧乏性を恨めしく思った事は有りません。

わざわざ貰いに行ったんじゃ無くて序でに寄っただけですから、大騒ぎする程では無いのです。今日も近所のお店から”おみやげ”の交換券が送られて来てたので、其れだけ貰いに行くのに抵抗が有り、何時もならスルーしますが今日は乾電池を買う序でに”劇的にニオイを消す「ナノフレッシュ」”なる物を貰ってきました。

お土産とかサービス品と言う言葉に弱くてホント情けないです。自分の性格を知ってるだけに、マインドコントロールされそうな羽毛布団などの集団で人を集めて商売する詐欺師には近付かないようにしています。私の人生ってホンマにちっちゃいものでした。
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M子
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誕生日:
1931/03/05
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自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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