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M子の、M子による、M子のためのブログ

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年金生活になると物価の安い東南アジアに移住する人が居ると聞きました。庭付きの大きな家に現地でメイドさんを雇い優雅な暮らしが出来るらしいです。年金と言っても働く会社の地位により高額年金を貰われて居る方だと思います。

贅沢に暮らせる国だとしても、私は言葉が通じ難い国に行くよりは住みやすい日本で暮らす方を選びます。問題は自分が出せる金額で、先日も高齢者用の所有権付きで素敵な分譲マンションが売り出されているのを見て驚きました。

リフレッシュルームにはサウナや健康器具等が設置して有り、アロマテラピーは一回500円、ヘアールームなどに絵画教室とか、個室とは別に大浴場も有るし、ケアルームは体調が悪くなれば診てくれると言う、老後を過ごすには最適な住処のようです。

一軒に何人住もうと良いのです。ゲストルームも完備しているのと、一流?のシェフが作るレストランも有り、別料金を出せば部屋までケータリングしてくれます。シャトルバスでの送迎も有り、素晴らしいと思っても、管理費が少々お高くて私如きには到底無理みたいでした。

屋上のスカイテラスで過ごしたり、カラオケルームで唄ったりと本当に羨ましく感じても、全て先立つお金が有ればこそ成り立つ暮らしだと思い、溜息まじりに眺めていました。若い時にしっかり貯めとけば良かったと今更後悔しても遅かりしです。
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先日テレビを観ていた時のことです。北朝鮮から中国を経て日本に来た脱北者の家族を取材していましたが、中には娘時代に地上の楽園と言う宣伝文句に釣られて北朝鮮の人の妻として着いて行った高齢の女性も居ました。

幼い頃に両親と共に北に渡った女性の家族が息子夫婦と脱北したのは良いのですが親子とも日本語が喋れません。支援する大学の先生が家賃の面倒を見てアパートを借りてあげたり他の支援者からも日常生活に必要な物が届けられていました。

男性は言葉が喋られ無くても働ける所を大学の先生に紹介して貰ったのに給料が安いと言って行かないし、言葉を教えて貰う学校にも行きません。揚げ句の果てに「日本に行けば家も与えられて、お金も貰えると訊いて居たのに話が違う」と文句を言って居ます。

言葉の通じない日本より韓国に行きたかったとも言うのを聞いて、段々腹立たしくなってきました。日本人でさえ働く場所が無いのに、働きもせず国がお金をくれるなんて、多分生活保護だと思いますが、余所から来た者に簡単にお金を支給する国も変です。

先生がお金をくれるって一体誰が言っているんだ?と聞いて居ましたが、中国では当たり前のように語られているとか、以前ニュースで中国人が大阪に数十人やって来て、直ぐに生活保護の申請をして既に受け取っていると知り、子供達の将来が心配になりました。

日本の国自体が中国に乗っ取られそうなのに、ホイホイと相手かまわずにお金を上げてる場合かよって、此の国の指導者のいい加減さにホント開いた口がふさがりません。貰う資格が無い筈の人間が日本にやって来ていきなり生活保護は絶対に有り得ない事です。
地方によって違うようですが、大阪市内に住む高齢者は公共の乗り物は市から無料パスが支給されてるので、動物園等の市が運営する物は此のパスを見せれば大概無料です。ラッシュの時はいざ知らず、多くの老人が地下鉄やバスを利用しています。

最近の老人は皆さん逞しくて、老人車を押してバスに乗るのは良いのです。明らかに九十歳は過ぎてるだろうと思われるご婦人が独りで乗るのは到底無理なのに、必ず側に居る人が手を貸して上げてるし、勿論降りる時も至れり尽くせりです。

独り暮らしの人が多いから必然的に自分が動かないと生きて行けなくて、特に女性が長生きしてるので、身体の動きが鈍くても気力だけは男性より強いし行動力が有るのとで、独りでも頑張れるのと高齢者同士が助け合っています。

と言いながら私は町会にも入らず、老人会なんて飛んでもないことです。近所を歩いてると一瞬お仲間と間違われそうになりますが、どう見ても私は正真正銘の老人なのに認めたくない自分が居て、絶対仲間に入らないぞと虚勢を張っています。

災害が起きた時に孤立するだろうなとちょっぴり心配だけど、先を案ずるより現在を気楽に生きて行こうとして居るのです。
今日知人からゆうパックが届き、食品と言うか中身は全てお菓子類ばかりです。名古屋のわらび餅におかき等が入っていました。目の前に有ればつい手が出て食べる、食べれば肥るという悪循環です。陰謀か?って疑いたくなります。

二年ほど掛けて折角十キロ痩せたと思ったら、リバウンドの何と早い事、アッと言う間に元の黙阿弥で、お出掛けに着て行く服がなくなりました。ズボンのウエストは十㎝開いたままで、息を止めてどう頑張っても閉まらなくなっています。

大概の方はお出掛け前に鏡の前で全身をうつして、よっしゃ~完璧って感じで満足しながらお出掛けでしょう。私の場合、先ず前全身を見てから合わせ鏡で後ろ姿も確認しますが、我ながらゾッとする位の見難くさに外に行く足が重くなります。

先日買った上着も自分流にアレンジして体型がもろに出ないようにと手を加えましたが、知人は肥っちゃ駄目よと言う割には何故か肥る食品ばかりを送って下さる意図が私には解せなくて、お礼の序でにお陰様で肥りましたと言えば、考えて食べるようにと返されました。

世界中には餓えて居る人が大勢いるのに、何と贅沢な悩みなんだろうと思います。
今日、くらしにプラスと言うページを見て居ると「はえ取りビン」の文字が、昔は夏の風物として”はえ”は切っても切れない存在でした。特に鮮魚店や乾物屋さんの廻りに多く飛んでいて、長いリボンの付いた機械がハエ避けとしてクルクル回っていたものです。

国全体が衛生的に良くなったのかハエを殆ど見なくなりました。住宅様式がが変わったのも一因かと思いますが、クーラーの無い以前の木造住宅で夏は窓を開け放してたから食事時はハエも参加してくるので追い払いながら食べるという嫌な思い出があります。

家の中に入り込み天井にとまって居たハエが朝になると顔近くをブンブン羽音を唸らせて飛び回り、ゆっくり寝てられなかった事を、今の人達には信じられない出来事でしょう。蚊も然りで、耳元で蚊特有のプ~ンとやられたら、如何なる寝ボスケも飛び起きます。

今思えば風情の有る蚊帳{かや}が懐かしい思い出になりました。良いか悪いかは別にして、現在は殺虫剤と言う重宝な物の出現で虫に悩まされる事が少なくなり暮らしやすくなったようです。今の日本に未だ生息しているのでしょうか?ノミ・南京虫・シラミ等の噂を聴く事がなくなりました。

夏が来たら思い出す~。と言う歌の詩のように、随分悩まされ二度と遭遇したくない諸々の虫達のことが思い出されます。
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