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M子の、M子による、M子のためのブログ

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今日何気にテレビを見てたのは、小学生の教育テレビの算数で分数、分母の最小公約数とかでした。未だに計算機も使いこなせず、数字が大の苦手です。もう誰の勉強を見ることが無いと思いつつ、分数くらいは知っておこうと見てたけど、残念ながら分からずじまいでした。何かを何当分に分ける事が出来る程度で、ま良いかって感じです。

私は子供の頃から勉強が苦手だったからでしょう、うちの子に勉強をしなさいなんて強要はしませんでした。私よりは賢かったので、内心ほっとしてたくらいです。世の中に賢い人も必要でしょうが、程々の人などを取り混ぜて居るから成り立っているんだと、自分なりに勝手な理屈をこねています。

最近は日常会話にも付いて行けなくなりました。コメンテーターがやたら英単語を使うので、単語の訳を調べてノートに書き写した数が増えるばかりです。さっきもエビデンスとか、ジェノサイドとは何だろうと、知ってどうするでも無いけれど、知らなきゃ意味が分からずってのも嫌だし、読めても書けない漢字を無視するのもな~って、取り敢えず書いて覚えようとしています。

こんなことをしてるのは、椅子に座りっぱなしで何もしないでぼっとしてる言い訳にすぎません。世の中の役立たずが長生きしてると肩身が狭く、どうすりゃいいんだと自問自答の繰り返しです。下手にうろうろせず、じっと家に籠ってるのが良いのかな、結論はノートに記入三昧で生きて行くことにしました。


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朝方にいつもなら足が攣りもだえるのに、今朝は起き上がろうとしたら、右側の臀部に痛みが走り起き上がることが出来ません。脚ならばどう処置すれば良いか分かるけど、臀部の痛みは初めてです。長く生きて来たけど、こんなところに筋肉は有ったっけ?手で触ったらフニャフニャで、攣る筋肉が見つかりません。

ベットから立ち上がり歩こうとすれど、力が入らず歩くことさえ難しくなっています。気だけは若いつもりでも、脚はボロボロで目の前に老いを突きつけられてる感じです。数か月前までは、超高齢者の姿を他人事のように見ていたら、何の事は無い現実に自分の上に降りかかってきています。

ご近所さんとお付き合いが無いので、同年代の方とお話しする機会が無いから、当然体の色んな悩みの情報を得ることが無いから、体の不調が有っても相談すら出来ません。時々思うのは「遠くの親戚より、近くの他人」近くに住んでる他人のほうが、いざと言う時に頼りになるみたいです。

近所付き合いを大切にしなければと思いながらも、お互いが社交辞令の挨拶程度で過ごしてきたのに、こっちの勝手で仲良くしてよはもう無理だと思います。集合住宅の我関せずの距離を置いての暮らしが心地よく、年老いて困ってるから手を貸してはいくら何でも都合が良すぎるでしょう。後悔先に立たずです。

阿川弘之著「末の末っ子」を読み終え、解説部分に阿川淳之の名が書かれてるのを見て、文中に出て来る末っ子の淳{あつし}だと分かりました。自己紹介にも三男の末っ子と書いてあり、父51・母44・長男21・長女18・次男10歳の時に生まれたのが淳之だそうです。

父が血気盛んだった頃は傍若無人で、兄や姉は無茶苦茶なことを言われたらしく、末っ子が生まれた頃は多少穏やかに、60を過ぎあたりから全ての事が面倒と、旨い物を食ってコロっと死にたいと言いながら、麻雀・パチンコ・花札の賭け事全般を好み、小説中の登場人物が吉行淳之介で、阿川弘之は賭け事仲間の吉行から名前を頂き子の名前に。小説中に出てくる面白い小説家は、遠藤周作で、賭け事はしないけどダジャレ・悪戯好きで阿川弘之とは仲良しだった。

阿川は基本的に気難しい性格で、老いと共に多少は穏やかになっても家族に厳しい反面、他人には異常なほど気を遣い、宅配や郵便配達など自分が受け取る時は、感じが良かったと書かれています。晩年入院生活してる時はスタッフの評判も良く、愛想とユーモアを振りまき気を紛らわせていたようです。吉行は平成6年、遠藤は8年に亡くなり、阿川は入院三年半の平成27年、94歳で亡くなり思うように動かなくなった足を見つめながら、家に戻りたいと言って居たとか。

ほぼ寝たきりになった父の楽しみは食事と読書で、家族がたまに持ち込むチーズなどを肴に、少しビールや酒を嗜むのを楽しみにしていた。読みたい本の注文は私がインターネットでし、どんどん増え病室が図書館のようになりました。昭和40年代の家族の情景を描いた小説で、純粋に少し風変わりな昭和の一家族の事として読んでもらえれば、父は満足だろうと思うと結ばれていました。




先日買った阿川弘之著の「末の末っ子」を読んでるけれど、東大を卒業後に海軍予備学生として海軍に入隊、中国大陸で敗戦を迎え復員後、志賀直哉に師事し、作家デビューしたらしく、文中に戦時中の軍隊の事が書かれています。私達が国内で体験したのとは違う話に興味が持てず、そこは飛ばして読みました。

文中の主人公は作者本人だと思います。記者との遣り取りの中での失敗談で、慌て者の記者が良いネタを間違えてライバル社に報せたらしく、心ならずも「徳は孤ならず 情けは人の為ならず」それ以来各社の連中と仲良くなり、何か有れば直ぐに知らせてくれるようになったそうです。良い人だときっと誰かが助けてくれる、これこそが徳だと言って居ます。

私も始めて聞く言葉なので調べたら「徳は孤ならず必ず隣あり」と書いてありました。仁徳のある人間またその行為というものは孤立するということはない。必ず理解者や協力者が現れ、徳の感化が周囲に及んでいくものだと言うこと。用例として、あの人が仕事をすると、必ず協力する人ができる。徳は孤ならずだね。

論語に出てくる孔子さまの言葉だそう。文中での逸話で、作者の知人が電車の中で財布が無い事に気付き、貰ったばかりの給料を職場に置き忘れたかと、念のため服のポケットやカバンの中を調べてたら誰かにそっと呼びかけられ「気の毒になったから 返しとくよ」驚いて振り向くと、声の主は姿を消し財布が背広のポケットに、スリが返してくれた此れも仁徳なのでしょうか。

今日も初夏の気温だとか、昨日の孫からの電話で汗をかくほど暑いと言っていたっけ。中国からの黄砂にヒノキの花粉が飛んでるので、洗濯物は外に干さないでとの注意喚起に、空を見上げたら何となくすっきりしない空模様です。周囲の山を見渡せば、くっきり見えてた山もかすんで見えます。

コロナだ花粉が多いと言われても、歩ける間に歩かなきゃ~の焦りがつのり、毎度おなじみのスーパーに出掛けました。桜の花が満開のも有れば、殆ど散り葉桜になってたり、白い花びらにピンクの花びら色んな色を取り混ぜながら、時期をずらし人の目を楽しませる植木職人さんの技を見せつけられた気がします。

昔の人が言ってた「月の初めの一日から買い物をすると、銭が貯まらなくなる」が耳の奥に残り、一応気になりながらも買い物に行けば、スーパーの店内はお客さんで賑わっています。私は結構一日に買い物をしてるので、試しに家計簿の集計をざっと見ても殆ど出金には関係が無さそうです。

以前テレビを観てた時、双子の姉妹に食事の量は同じにして、姉は一度に食べ、妹は時間差をつけ分けて食べる実験をしていました。時間差をつけて食べた妹の体重が減ってるのを見て、私も実験してみたら少し体重が減っていたので、暫く続けようとしています。今さら体重を落としてどうする?。でも太ってると色んな弊害が出てくるので、スリムになる方が体に良いんです。

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誕生日:
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冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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