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今日も夜明け近くに、数個の植木に陽が当たるようカーテンの一部を持ち上げた後、再びベッドに戻ります。天気予報で毎日よう今夜は熱帯夜だと言われても、エアコンのお陰で快適に眠れて有難いのが、地球の温暖化でエアコンが無けりゃとてもじゃないが生きて行けないです。
毎日カーテンを閉めっぱなしの部屋で、引き籠りの生活をしています。昔だと考えられないと思うのは、今と違いテレビも無けりゃ電話も無い家の方が多く、電化製品と言えばラジオだけ、外からの情報は聞く以外に得られなかったからです。
世の中にテレビが出始めた頃「高嶺の花」で、生きてる内に買えるなんて、想像することができませんでした。昭和の時代を振り返れば、人々が暮らす道路で大勢の子供達が遊ぶ声が響いても、騒音だと文句を言う人は居なかったです。
昨夜、戴き物のさつま芋をオーブントースターで焼きながら気付いたのは、物売りの声を聴かなくなり、今は車で来る冬の、灯油売りの声に、未だ灯油が売れるんだと珍しく思っています。先日孫娘との会話でホーム炬燵の話をしたら、大昔の物語を聴いてるみたいでした。
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梅雨時に蘭の植え替えをしようと水苔を買っていたのに、気が向かぬ内に梅雨明けになってしまい、申し訳ないと思いつつじっと眺めてるだけです。植物は責任を持って育てなきゃと分かってるけど、身体が言う事を聞いてくれません。
今日も寝て起きて真っ先に、さて何を食べようかと冷蔵庫の物を頭の中で思い浮かべるだけ、お腹が空いてる訳じゃ無いので、椅子に座ってる内に時間だけが過ぎて行きます。自分だけの食事だと調理するのが面倒で、レトルト食品は有難い存在です。
今夜も湯船に浸かりながら、誰にも気を遣わずにいつまで自力で入浴できるのかと考えました。浴室に入る度に感謝するのが、四か所の手すりが付いてるからこそ、誰の補助も受けず気儘にお風呂が使えます。
「光陰矢の如し」入居時からの数十年はあっと言う間でした。狭い浴室に手すりが四個は多過ぎだろうと思って居たけど、今は無くてはならぬ手すりです。此の手すり全てが無けりゃ、私の一人暮らしは絶対に不可能だったと思います。
昨日は夕方に買い物に出掛けたら、陽が落ちかける寸前だったので歩きやすかったです。皆さん考える事が同じなのか、スーパーの店内は沢山の買い物客で賑わい、数台のレジに長い列が出来ていました。
娘から送って貰えない要冷蔵品の纏め買いをしたは良いけど、脚の衰えに逆らえず、片道三十分もかかる距離は遠すぎです。這ってでも行ける商店街が近くに有った筈が、次々と閉店して行くのを目の当たりにし心細くなっています。
街の小さな医院も然り、私が年齢を重ねると同じく掛かり付けの医師も高齢になり、どちらが先に倒れるかの心配が増えました。何が良いのか近くに新築家屋が建ち並び、周辺の住人が多くなってるようです。新築マンションに住みはじめ、あっという間に数十年が経ちました。
私が住んでる建物が古くなり、大改装を重ねる度に不便を強いられます。今度は、排水管の取り替え予定のお知らせです。大なり小なり何にでも耐用年数に限りが有り、鉄筋コンクリートの建物もいずれ壊す時が来る、なぜか儚さだけが胸に刺さります。
最近の異常な暑さも引き籠り者には、エアコンのお陰で外の暑さは他人事でした。今日は週に数回のゴミ出しの日です。夏は腐臭がするので一回抜かす訳にもいかず、捨てに行くまでの準備を思うだけでウンザリしています。
エレベーターで降りる途中の階で、作業服を着た男性が乗ってきました。リホーム中の家が有るらしく、衣服はペンキだらけです。男性から「暑いですね」と話し掛けられ、会話の中で着ぶくれしてる着衣を見て「暑い時のお仕事は大変ですね」
微笑みながら「この服は扇風機付きなので涼しいですよ」と着衣の両脇の下に付いてる小型扇風機を見せてくれます。言われて見ればエレベーター内で小さな機械音が聞こえてた、働き改革とやらで労働がしやすくなってるようです。
今日、梅雨明け宣言と共に気温が上昇していく予報を見て、買い物に出掛けるのが億劫になっています。人に頼るのは嫌だの我儘も、高齢者の一人暮らしに限界が有るのが目に見えてるだけに、此れから先に待ってる多くの難題が怖いです。
最近、軽い認知症だと気付き始めてる私は、家族が見なければいけないテレビ番組での認知症対策を、当事者自身が熱心に耳を傾けています。やがて訪れるで有ろう其の日が来ても、症状は人それぞれらしく、余り気に病むことは無さそうです。
百歳でもお元気な方もいらっしゃるのに、弱音を吐いちゃいけないと思うけど、訪れる人以外は誰とも接触せず、語る事も無く家に引き籠りの生活は、自分でも正常じゃ無いと分かって居ます。慣れでしょうか、気楽な暮らしに甘んじ過ぎたみたいです。
時々高齢者施設の様子を、テレビ画面を通し拝見する事が有り、他人事だから和やかな風景だと見ています。でも私には向かないと思うのは、長い年月を気儘に生きて来た者が、誰かと一緒に規則正しく生きるのは至難の業です。
好き勝手な事が言えなくなる日が近づくに従い、得も言われぬ恐怖が私を襲います。超高齢になると身の置き所が無く、運が良けりゃ言う事なし、悪けりゃ惨めなものです。棺桶の蓋が閉まるまで、人の運命の善し悪しを語れない気がしてきました。
暇人が常に考える、自分の寿命はいつ尽きるのかです。
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