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今日はリハビリの予約をしてたので、午後から行って来ました。医院のカウンター横に「インフルエンザ予防接種の予約の受付けます」の貼り紙を見て、早速申し込み用紙を貰い予約日を決めますが、予診票に質問事項が書かれ回答欄に、はい、いいえ、の所を囲んでいきます。最後に体温測定を記入する場所が。
毎年この時期になると、インフルエンザの予防接種を受けていますが、体温測定と言われても、数十年来「体温計」で測った事がありません。何とかは風邪をひかないと言われてるけど、ご多分に漏れず風邪を引く事は有っても、熱を測ったからといって治るわけじゃ無し、売薬で治そうとしたら「血圧が高い人は医師に相談して下さい」と言われたので、放置してたら自然治癒をしていました。
但しインフルエンザに罹ると辛そうなので嫌だから、其れだけは避けたいと思い、大嫌いな予防の注射を受けようとしています。と言う事で体温測定の欄は、いつも適当に6度と記入し提出してるけど、たぶんバレない筈です。用紙の説明を受けた後で受付の人から「当日は1500円をご持参ください」「はい分かりました」
医師免許を持ってる人は素人と違い、大体の診断は出来ると判断してたけど、遅まきながら間違いだと気付いたのは、専門医師は先ず湿布薬は出さないし、投薬は私でも納得できる血管を広げるものです。歩き始めて直ぐに腰痛が出て足も重かったのが、今日の帰り道はすたすたと歩けてた気がします。此の調子なら旅行に行けてたかも。
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今日姉の所へ年金を持って行く序に、何やら書類に、私の署名捺印をするようにと事務所から言われているらしくて印鑑を持参しますが、いつもなら殆ど誰も居ない事務所に、女性が座っていたので「何時もお世話になりありがとうございます」とご挨拶をして姉の部屋に行きました。良い所に来たと言わんばかりに、書類に書き込んで事務所に渡して来て言われます。
渡す責任者の名前を聞いて事務所へ、書類を渡す時に少しばかり世間話をして、エレベターで姉の部屋に戻る時、今の女性の名前が全然思い出せません。部屋に戻り「いま書類を渡した人の名前を忘れた」と言うと「ちゃんと渡せたの?」と不安顔です。渡すまでは覚えていたのに、エレベーターに乗った途端に忘れています。
廊下で別のヘルパーさんに会い、言葉を交わしてるのに、今度顔を見ても覚えていないので、前以って私とお喋りした人達には、半分ボケてるので道で会っても分からないから、無視して通り過ぎて下さいとお願いしています。今夜じっくり思い返すと、今日の書類は何だったのか分からず、言われるままに印鑑を押して来ました。
たぶん姉の身元引受人か保証人なのでしょう。やたら印鑑を押さないようにと日頃から心がけてるつもりでも、書類の中身を姉が読んでるだろうとの安心感も有り印鑑を押したけど、油断してると知らぬ間に借金の保証人になってたら怖いです。自分では絶対に騙されないぞと思ってるのに、気付けば言われ放題に行動しています。
昨日歩きに出て何気に見た歯科医院の待合室に、こうこうと電気が付いているので、確か今日は日曜日だと思ったけど違ったかな?、でもテレビの番組は日曜の物だったのにと、表の看板に書かれた文字を見て納得です。月曜から日曜日まで開業してるらしくて、患者さん数人が座り待ってるのが外から見えてます。
歯科医院がコンビニの数より多いと聞いて知ってるけど、今日もリハビリに行った医院の側に歯科医院が、数か月前に新しい場所を改装し開院してるのを見たばっかりなのに、また近くの閉院した後に、新しいDrが借りたのか看板を塗り替えて開業し、キッズコーナー有りの書き込みも、年中無休じゃ無いと患者を獲得出来ないのでしょう。
時代と共に街の様子がどんどんと、目まぐるしく代わって行くようで、気付かぬ内に物売りの声が消えました。真っ先に自転車で廻って来てた、お豆腐屋さんが姿を消し、冬の夜は物哀しく聞こえたチャルメラの音や、マイクを通して「焼き芋~やきいも」の売り声、夏はワラビもちを売りに来てたのを、懐かしく思い出します。
今は買い物に行っても会話も無くレジで支払いを済ますだけ、将来はロボットの出現で殆どが機械任せになりそうです。買い物もカード払いじゃないと駄目と言われても、カードで買い物をしない主義だから困ります。馬鹿みたいに長生きした高齢者には、生きにくい時代になりました。お蔭で冥土へ持って行く土産話は、語りつくせないくらいです。
子供は親の背中を見て育つと言いますが、私は子供の背中を見て教えられることばかりです。先日も娘との会話の中で、私に学が無いから貴方達に色んな事を学ばせて貰った気がすると言いました。娘が学校から帰って来ると「きょうはミーティングが有って遅くなった」と言われ「ミーティングってなに?」から始まります。
私がまともに教育を受けられたのは、入学時に尋常小学校、途中で戦争が始まると国民学校になり、取り敢えず卒業する事が出来ました。戦前は「男女七歳にして席を同じゅうせず」と言い、みだりに慣れ親しんではならないと言われる時代で、男子は中学校、女子は女学校へ進学し、少数の子は卒業と共に働きに行ったのです。
戦後に男女共学制度ができ、学校生活がコロッと変わった様子を我が子を通じて知ることが出来ました。同じ年頃の私は戦時中と言う事も有り、勉強どころか今の中学生くらいの時に、軍需工場で見たことも触った事も無い大きな旋盤の前に立ち、訳も分からず金属を削らされ、これじゃ~戦争に勝てる筈が無いを思いました。
最近道を歩いてると、ほのかにキンモクセイの香りが漂って来ます。娘が嫁いだ頃と同じで強く印象に残っているのに、既に三十数年も経っていました。私の教育係が子供から孫に繋がり、現代の知らない事をいっぱい教えてもらえ、今は最高に幸せ「終わり良ければ総て良し」途中で何が有ろうとも、最後が良ければ言うこと無しです。
先日病院で骨量を調べた結果、年齢的に普通の人よりも20%良いと言われて、どうりで何度も派手に転んでるのに、一度も骨折した事が有りません。カルシュウムを補うため、手作りのちりめんじゃこの佃煮を常に食べてるから?其れともマグネシウムとカルシュウム入りのサプリメントを飲んでるのが功を奏したのでしょうか。
骨が丈夫な先祖から受け継いだ、遺伝だったら感謝すべきだと思います。子供の頃から母に、もっと賢く産んでくれてたらとか、美人に産まれてたら良かったのにと、文句たらたら言った事も有りました。でも必ずしも美人が幸せとは限らないし、賢くても良い人生を送れたとは思いません。身の丈に合った暮らしが一番良いんじゃないのかな。
自分が親になって思うのは、もし子供達から何か苦情を言われた時に、返す言葉が見付から無かったかも、幸いに私より賢いのか、言っても無駄だと分かっていたのか恐れていた言葉を一度も聞かずに済みました。最近とくに感じるのは、貧しくても健康で普通に暮らせたら、それ以上に望むこと無しだと思います。
話は変わり、台風21号でバルコニーのパーテーションが破損し、お隣が丸見えで嫌だと思い、配られたアンケートに「応急処置を必要」の所にチェックを入れたら「引っ越しなどの養生に用いられる応急用のプラスチックダンボールを、管理人室まで取りに来て下さい」との紙に、取り付けは各自でお願いします。
サイズを合わせてカッターで切り、クラフトテープで貼り付けるだけ、と言われても無理です。管理人さんが言うには「お隣は不要と言ってるので、〇〇さんが必要ならば、私が行って貼り付けてあげます」に、家に入られるのが嫌で「ちゃんと修理をして貰える日まで待ちます」と言ったけど、簡単な事も出来ない自分に、歳は取りたくないと情けなくなりました。
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