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ネット情報を見てると「五十才以上は葬儀にでるな」と言う文字が気になり、思わず読みました。確かにと頷ける箇所が、お義理で来てる人は久し振りに会う知人の顔を見付けたら、良い所で会えたとばかりに談笑をはじめます。突然の死に連絡を受ければ、予定を変更してでもお悔みに行かねばならず、この上なく迷惑な話です。
心にも無いお悔みを言われる方も、其れなりに気を遣わなければならず、こんなのに嫌気してか、最近流行りの身内だけでする「家族葬」をする家が増えたような気がします。我が家も夫の葬儀は子供達家族だけで済ませ、勿論香典は受け取らないです。香典を戴くと後の返しが煩わしくて、親戚知人には年末に「喪中はがき」でお知らせしました。
息子の妻が亡くなった時は「音楽葬」、此のような葬儀は私も始めて。でもみんなが心から悲しみ、むせび泣いたのは昨日のことのように思い出されます。葬儀に参列してくれる人の数よりも、私なら身内だけで、故人とのお別れの時間を過ごす方を選びたいと言ってたら、次はお前の番だよと言う声が( ^ω^)・・・。
既に棺桶に片足を突っ込んでるので「エンディングノート」を準備しとかなきゃ~と思いつつ、何もしていません。延命措置はしないで欲しいとか、財産分与はこうして、な~んて此れは冗談(笑) ローンとか借金は無いので安心してくらいでしょうか。「立つ鳥跡を濁さず」と言うけれど、なかなか難しい事だと思います。
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覚せい剤は読んで字のごとく、眠気を覚ます薬だと思いながらも、薬のことはよく分かりません。何時の頃からかひょっとして私は眠り病に罹ってるんじゃないかと思う位、椅子に座った侭で眠りこけるようになりました。眠っても眠っても眠りたらないようで、眠ればオマケに意味不明の夢が必ず付いてきます。
人間が衰えて行く過程を、自分の体で感じられるのが果たして良いのか悪いのか、実際に体験したくはないものです。人其々で元気に生きていらっしゃる人も居れば、生きてる事が苦痛に感じてる人も、外で見掛ける高齢者で、見た目はお元気そうでも話せば体の不調に悩んでいらっしゃる人が居ます。
常に歩かなきゃ~と思うのに、今日で三日間一歩も外に出て行きませんでした。何故ならば食料を一度にたくさん買うので、出て行く必要が無いからです。一人分の食材を毎日買いに行けば重たい荷物に悩まされなくて済むのに、作る手間を省こうと最低四人分は作るので、買い物依存症かと自分でも呆れるくらいに買います。
一日中居眠りが過ぎるからか、昼夜逆転で夜になると行動し始める悪循環に悩まされるようになりました。同居者が居れば面倒だし、一人暮らしは気儘に暮らせるので余程意思が固く無いと、私のように怠惰な生活を送ることになるのです。こんな暮らしが何時まで続くかと思いながら、今夜も何事もなく暮れていきます。
日々に体力が低下すると共に、気力も無くなって来た気がします。こんな弱音を吐いてると、何時も旅に同行してくれる孫が心配してくれたのか「何か目的が無いとダラけてしまうのでは」と、自分の仕事が忙しい筈なのに「どこか行っていない所で、希望が有れば言って下さい」と、旅のお誘いをしてくれました。
私は昨年暮れの、オーストラリア旅行が最後だと思って居ただけに、まさかの誘いに嬉しくて、頑張って歩けるように準備しておこうとしたけど、無理だと思うようになったのは、先ず歩きに行く気力が無くなったのと、常時足に違和感があり気安く出掛ける気にならなくなってます。去年出来たことが、今は出来なくなりました。
年齢を多く重ねて行くに従い、急な坂道を転げ落ちるが如く、生きていく限界を身に沁みて感じるようになり、昔から暑さに弱くて、此れから夏に向かうのに大丈夫かって思いながら、出て来るのは弱音ばかりです。でも長生きしてたお蔭と、良い孫に恵まれて色んな国に連れて行って貰えた事に凄く感謝しています。
これ以上の贅沢を言ってたら天罰が下るでしょう。旅の想い出は時々メモリーを拡大し、眺めて楽しもうとしています。出て来るのは弱音ばかりだけど、旅に行こうとしてる秋になったら案外しれ~っと「旅に出かけて来ます」な~んて言ってるかも。取り敢えず近い内にバスに乗り、梅田あたりを徘徊して来ようとしています。
昨日誘惑に負けスーパーでメロンを買いました。今は夫と息子の連れ合いの遺影にお供えをしてるけど、食べ頃なのか甘い香りが漂っています。他にキイウイとオレンジも、お供えだと言うのは口実で、何のことは無い私の好みの物ばかりです。ホントはお花をお供えしなければと思うのに、生花はお正月、お彼岸、お盆しか買いません。
随分前に病院で活けられていたお花を眺めてると、後ろから高齢男性の声で「お花は綺麗やけど直ぐに枯れよるからな~、わしとこの嫁はんに供える花が高こうついてかなわんわ」に「お花やなくても果物にしはったら?お供えした後で食べられるので、私はそうしていますよ」「ええこと聴かせてもろた、わしもそうしますわ」
昔からよく言う「死んでからお供えして貰うより、生きてる時に大事にして貰いたい」あの世に逝った人を想うのは当たり前の話、身勝手な持論だけど、お供えのお花より、生きてる人がおさがりを食べられる物のほうが無駄にならず良いと思っているので「安心です」から名付けられた、アンデスメロンを買ったので、食べるのが楽しみです。
私が果物好きだから色んな物を買いお供えするので、うっかりしてると腐らすことが有り、そんな時はポジティブに亡き人達が美味しく食べてくれたんだなと思う事にしています。其の内私もお供えをして貰う立場になるけど、生きてりゃこそ美味しいと言えるし、感じることが出来るので、此の世に未練を残さず三途の川を渡れるよう、食べたい物を食べ続けるつもりです。
今朝は早く目が覚めたので、少し離れた医院にお薬だけを貰いに行きました。薬の受け取りを待つ間に知人からの電話が有り、大した用事でも無く暇潰しのお喋りをしてると、受け取り口へ呼び出され、渡される薬の説明と支払いです。帰りの道中で姉からのメールで「競馬の本を買って欲しいのでお願いします」
出た序だから本屋さんに寄り「JRA発行の優駿に先日のダービーの写真&記事が載ってる本をお願いしたい」に、今月号は売り切れで、今度は二十五日の発売になりますと言われ予約しました。姉に渡す物が有り帰宅後に再び姉の所に出掛けます。話をする内に競馬の話題になり、延々と語りはじめたらそこからは姉の独壇場です。
難聴ゆえ声の音量の調節が出来ないので、他に聞こえないよう気を遣い小声で話すから何を言ってるのか私には聞こえ辛くて、退屈な時間が過ぎるのを待ちます。帰りにスーパーで買い物をすれば、レジの女性が「お持ちします」と言いながらレジコーナーから出てきて、買い物籠をカウンターまで運んでくれました。
買った品をレジ袋に入れ、カートと籠を出口で戻そうとした時に、他の女性客がさっと手を出して所定の位置に戻す手伝いを、お礼を言いお店を出ながら思ったのは、自分はそんなに歳を取ってるつもりがないのに、手を貸さなければと思われてるほどお婆さんに見えてる事のほうがショックでした。認めたくはないけど、周囲の目が見逃してはくれないようです。
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