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M子の、M子による、M子のためのブログ

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携帯を開ける度に気になるのが、先日いらんことをした待ち受け画面です。どうせ暇を持て余してる身なので「各種設定」から画面を選び、順を追い先に進み、行きつ戻りつしながら試行錯誤の末にやっと以前の画面を出すことが出来ました。ところが中心に大きく時間表示が出て、折角出した下絵表示の邪魔をしています。

悪戦苦闘すること30分余り、長年馴染んでた見慣れた待ち受け画面を再開することが出来ました。此の時に「為せば成る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」をふと思い出し、最後まで諦めずにやって良かったと思うのは、ガラケイの携帯を開ける度に、絵の上に大きな時間表示が気になり嫌だったからです。

余談ですがこの言葉を調べました。江戸の後期に米沢藩主、上杉鷹山公{うえすぎようざんこう}が家臣に送った言葉で、現代のビジネスマンや起業家の行動の原理原則としてマッチした言葉です。強い意志を持って物事に当たれば、必ず成就すると書いてありましたが、簡単に言えば「当たって砕けろ」じゃないでしょうか?。

暗殺されたアメリカの、ケネディー元大統領が来日した時に、日本で尊敬する人と名をあげたのが「上杉鷹山」だと言います。何故かと言えば、鷹山の英訳本は、新渡戸稲造の「武士道」と、内村鑑三の「代表的日本人」が出て居るからです。やればできる、やらねばできない。努力しても出来ない事も有るけど、失敗しても、良い経験になるから、何もしないよりは良いと書かれて居ました。

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歳を取ると昨日の事は忘れるのに、幼い頃のことを鮮明に思い出したりします。先日も姉との会話で、五歳くらいの時に母が私一人を連れ、姉と兄を残し父と別居した時期があり、当時のことを覚えていないだろうけどと言われましたが、衝撃的な事は幼いながらも脳裏に焼き付いて忘れることがないです。

昔は人に対しての差別が今じゃ考えられ無いほど酷い仕打ちで、幼いなりに目に余るものがありました。一番はお巡りさん、浮浪者と見れば衆人環視の中で殴る蹴るは日常茶飯事、現在の腰にピストルとは違い、サーベルを下げていたけど、さすがにサーベルを振り回してる姿は見たことが無かったです。

次に学校の先生が子供の目から見ても、あからさまに差別して居た気がします。今なら何とかペアレンツとかで問題になりそうだけど、自分の好きな子を誰が見ても贔屓にしてると分かっても、先生は平気だったし、自由に物が言える時代でも無くて、貧富の差も有ったから、小学生でも住み込みで働くのは当たり前、それは口減らしの為でした。

数十年前に私より年齢が上の女性が、文字の読み書きが出来ないのを見て驚いた事が有ります。私は勉強があまり好きじゃ無かったけど、学校に行かせて貰ったお蔭で、嫌々でも色んな事を学ぶことができたし、人とのお付き合いも其れなりに、恥を掻いても最小限にとどめ、平穏な日々を送ることが出来て今は親に感謝です。

先日家の固定電話のベルが鳴り受話器を取ると、自社名と名を名乗りアンケートに答えて欲しいと言ってるようです。年齢は十八歳から四十五歳までの方にお訊ねして居ます、私は超高齢だからに、家人はお出掛けですかに続き、家人は何歳ですかと聴かれ、留守番の者だから分かりません失礼しますと切りました。

電話が掛かってきた時点で知人からじゃ無いと分かるので、誰が何を言っていたのか内容を殆ど覚えて居ません。それにしても何のアンケートか知らないけれど、年齢制限をするなよと、答える気も無い癖に内心ムッとしたりして。テレビでも保険会社のCMを見てると、平均寿命が延びてるからか八十五歳までになっています。

考えてみたら百歳近く長生きをして元気な人も居らっしゃれば、初老の人で寝たきりになってる方もいるし、年齢ではかり知れないような気がします。確かに仲間外れにされても仕方が無いと思ったのが、昨日お会いした知人です。私より一歳上の人が老人用の手押し車?に体を預けるように歩き、大分腰も曲がっていました。

最近はテレビに映る高齢者を見る度に、年齢が表示されるのが何故か気になり始めています。長生きして居れば誰もが避けて通れない道、何よりも気掛かりなのが自力で行動ができなくなる日がやって来る事です。高齢者が此の世に未練が無いと言うのは嘘、本心は未練たらたらで彼の世に旅立つ人が多いような気がします。

年齢と共に足の衰えが目に見えて酷くなっていくので、少し歩かなくてはと急遽姉の所に行く事にしました。毎日数人のヘルパーさんが出入りして下さり、姉自身はそれほど退屈をしていない感じで世間話をしてるみたいです。私が行くと政治に疎いと思うのか行く度に、現在の政治家批判を解説付きで教えてくれます。

退屈な時間を持て余した頃に、姉の携帯で自分の自然体の写メを撮って欲しいと頼まれて写し、その見てる姿を私の携帯で写メを撮り、画面を戻したら何故か今撮った姉の写メが待ち受けになっているのを見て、ギョッとしても待ち受けは元に戻らなくなり、帰る時に事務所の男性にお願いしたけど、やはりだめでした。

帰宅してから携帯のあちこちを押し、何とか時間表示を大きく、待ち受けは歩くキャラクター、歩数記録が出るようにしましたが、いままでは歩いた距離とカロリーが出て居たのに、今は歩数だけしか出ません。時々こんなへまをやりながら日々が過ぎて行きます。ショッピングカーを持参してたので、帰りにスーパーに寄り沢山お買い物をしました。

帰り道で何気に老女と顔が合ったら、随分前に閉店されたブティックの経営者です。老人特有の長話にどうお別れしようかと思い付いたのが「アイスを買って溶けそうだから又お会いしましょうね」が、耳が遠いと仰りながらもやっと解放されました。家に遊びに来て下さいと誘われても、お伺いする気は無いけど、外出すると退屈する事はないです。

根っからの貧乏性と言うか、勿体ないと思う気持ちが物を捨てられ無くしているようです。今日もタオルケットの掛けのほうを洗濯してから捨てようと思ってたのに、乾いたら裁縫箱を手元に置き、針に糸を通して鋏を片手に破けてる所を切り取っていました。元々洋裁が本職だったことも有り、見苦しい補修の仕方はしていません。

破けたり生地が薄くなってるところはすっぱりと切り取り、其処は元プロの腕の見せ所で、誰に見られても恥ずかしくない程度に仕上げは上々です。一か所が破れたからと直ぐに捨てるのは余りにも勿体なくて、見た目にも分からないよう修繕出来た事に満足して居ます。先日新しいタオルケットの上下を戴いたけど、もう少し出番はお預け。

年齢を重ねると共にミシンを踏まなくなりました。最近は全て手縫いで処理をするようになったのは、目の衰えで細かいところが見難くなったからです。昔女学校に通って居た時、担任の先生がお裁縫を教えていたからなのか、毎朝五分間、針と布で運針をさせられていたのが後々針を持つ職業に付き、物凄く役に立ちました。

針を持つ度に思い出すのがその時のこと、転校生だった私はクラスメートに付いて行けるかなと案じていたのが、慣れるって凄いと思ったのは、毎朝同じことを繰り返してると皆に付いて行けたことです。今は服を縫わなくなったけど、針を持つのが苦にならいと言うよりは、むしろ修繕をするのが楽しくなりました。

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