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姉が京都から大阪に移り住んで、今年の暮れで丸五年になるとのメールが届きました。「先のことを心配しても仕方が無いと思うけど、凡人だから気掛かりな事ばかり。年月は容赦なく過ぎてゆき、当てにされて気が重いでしょうが、貴女が頼りです。お蔭で晩年を穏やかに過ごすことができ感謝しています」
二通目には、姉のお骨を納めるお寺への指示です。両親や弟が眠ってるお墓じゃ無く、いつも妹の私がお参りしに行くお寺にお願いして下さいとあり、弟の家族と数十年同居したいたのに、動けなくなったら邪魔者を追い出さんばかりの行為が許せなかったようで、同じお墓には入りたくないのかなと思っています。
私にとっては兄嫁になる彼女は私より十三歳下ですが、七十代の人に高齢者の面倒はきついと思っていたけど、ある日突然、血の繋がりを理由に私宅に強引に連れて行くと言われ、京都を往復して役場の方と相談した結果、現在の所に落ち着いたのがまるで昨日の事のようで、「光陰矢の如し」とは此のことだと思いました。
姉の部屋には飼い主でも無いのに、犬・猫の面倒をみる劣悪な環境だったから、気になっていたので、揉める事もなく姉を引き取ることが出来、此方としては渡りに船です。幸い家の近所に高齢者住宅が建ち募集中だったので住む部屋も選べたし、お世話をして下さるスタッフさんにも恵まれ、人との接触が絶たれて居たのが一変し、ヘルパーさんが筆談で世間話をして下さり、今では凄く喜んでくれて居ます。
姉が言うには京都では夜の食事だ、洗濯や掃除は自分でしていたし、生活費も折半で払っていたと、でも同居してた兄嫁は精神的に大変だった筈です。私自身も今後のことを考える時期がきました。身内だと気儘になり感情がぶつかり合うので、動けなくなれば自ら施設に入ると常々子供達に伝えています。
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今日姉の所に行くと、何時もなら玄関ドアを開けて自由に出入りできてたのに、入り口に掛けられた紙に「訪問の方はチャイムを鳴らして下さい」と書かれています。ボタンを押すと「はいどちら様ですか?」名前を告げたら暫く待たされドアが開けられます。何で?とも聞かずに玄関内にはいると、帰りの時に声を掛けるように言われました。
ひょっとしたら入居者の中に徘徊をする人が居て、勝手に出て行くと大変だからかなとか、ヘルパーさんが手薄になった時間を狙い、泥棒が侵入し金品が盗まれたので、用心のための施錠かなとか想像を逞しくしていました。ひとしきり姉とお喋りをし、帰りに事務所に居たヘルパーさんに一声掛けて、開錠して頂き外にでます。
きょうはテレビで三月生まれの運勢が一番良かった筈なのに、お風呂から出て化粧水の蓋を開け何気に手の平にと、其の瞬間にドバっと溢れ出ました。何でや?と見れば、上蓋じゃ無く中蓋の大きく口を開け、手の平から床の敷物にこぼれ落ち、どエライことになってます。手の平の化粧水が勿体ないと思わず体中に塗りたくったけど、良い事が有ると運勢を信じた私がバカでした。
数日前から食べ物が喉に痞えた{つかえた}感じがして、でも食欲が有り食べずに居られないのと足首は痛むし、な~んも良い事なんてありゃしない。と言いつつ今漢字の変換で知ったのが、喉につかえると言う意味の字で、こんな字は見るのも初めてだし、見ても読めなかったです。日本の漢字は本当に難しすぎます。
私がお彼岸やお盆に訪れるお寺の入り口で、写経の案内板を目にします。母が存命中に写経紙を注文し、薄く印刷された文字をなぞって居た姿が浮かび、母が亡くなった後に姉も同じ写経をしていたようです。字が下手な私は書こうとしていないのに、字の上手な二人が書いてるのを見て、信仰心の有無の違いかなと思っていました。
最近の若者に受けてる?のは写経じゃ無く、写仏だと此れはテレビで観た話です。此れも写経と同じく、うっすらと印刷された数十体の仏像が本に収められていて、其の上をなぞり、三十一体の仏像を毎日一体ずつ写すのも良し、空いた時間に写し書けば良いので、写した皆さんの感想は、気分がスッキリしたとのことでした。
写仏体験ができるお寺が増え、外国の方達にも人気があるとか。お寺の一室で写仏する人々が熱心に書いてる映像が有り、一体に掛かる時間は一時間半くらいで、初心者は千五百円、中級者は二千五百円でお抹茶とお菓子付きです。写仏した紙を奉納するもよし、お守り袋に入れ持ち歩く人も居て、お寺でお守り袋も売られていました。
今本屋さんで「田中ひろみ著」の写仏本が売れているそうです。本には、大日如来像・不動明王像などの仏像が三十一体載っていて、簡単な線や複雑な線もあり、集中することで心が落ち着くらしく、線をなぞってる時は無になれるのと自分でなぞることで仏を知ることが出来ます。下から順になぞり最後に目を書くと言っていました。
最近は携帯のお蔭と言うか、電話やメールで事が足りるので完全に手紙を書かなくなり、字が下手な者には有難いことです。ただどんなに達筆な人でも超高年齢になると、行が斜めに傾いたり手のふるえが字に伝わるのでしょう、あ~お年を召されたんだなと感じることが多々あります。
未だに携帯のメールの送受信と言う文明の利器に縁遠い人が居て、足が不自由になり外出が侭ならない人の字だけを見てると、元のお元気な姿が目に浮かび、お会いしたら凄く衰えて居たりでビックリする事があります。もう一つは声です。中年の頃に自分の声が知りたくて、外出先から自宅の留守電に声を入れ、帰宅して聞いたらまるで老婆の声でした。
心から良い声の人が羨ましいです。昨夕セールスと思われる感じの男性から電話が掛って来たので、御免なさいね、留守番の者でお話を聴いても分からなと思います。と言ったら、何時ころなら御在宅でしょうか?。さ~毎晩帰りが遅いんで、ホント申し訳ないです。と丁重な返事を信じてくれたみたい、こんな時は老人声も満更じゃないとほくそ笑みました。
数少ないご近所さんとお話してる時に「いつもお元気そうやね」って言われますが「体の動きは鈍いけど、口だけは達者で、よう喋るでしょ」と言いながらも恥ずかしいです。私が喋らなくなる日が来るのでしょうか。今夜も誰に頼まれたわけでも無いのに、律儀にキーボードを叩いています。
年寄りは同じことを繰り返し喋るようで、子供達から其の話は何度も聞いて、耳にタコが出来てると言われてたのを思い出します。子供からも結構同じ話を聞かされてるので此方も負けずに、耳にタコが何匹もぶら下がり引きずってるわって言い返したりしたんです。アホですね~本に書いてる字を見て恥ずかしくなりました。
考えたら分かる事なのに、本には繰り返し刺激を与えられると皮膚にタコができることから、何度も同じことを聞かされる事と書かれています。私は八本足のタコと勘違いしてたのか、彼らは知っててわざと言っていたのか、冗談交じりに家族で言い合っては笑っていたのです。本当の文字は「耳に胼胝」と書き、遠慮のない身内同士だから恥ずかし気も無く言い合えたんだと思います。
うっかり外で喋っていたら恥を掻くところでした。長生きしている分、色んな恥を重ねてるようで、本を読んでいて改めて、そうなんだって思う事が多いです。年寄りは昔の事は覚えているのに、最近のことは直ぐに忘れ、子供のように愚かになってしまい、傍迷惑だと思う愚痴が多くなってきました。
我が人生を振り返れば、無駄に生きて来たと後悔ばかりです。白檀と言う香木は芽生えたばかりの頃から芳香を放つので「栴檀は双葉より芳し」{せんだんはふたばよりかんばし}と言いますが、大成する人は、子供の頃から常人とちがう優れた資質を持っていて、天は二物を与えずと言うけど、世の中には二物どころかいっぱい持ってる人がいるのを見て、天に向かい不公平だと文句を言っています。口をついて出るのは愚痴ばかり。
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