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M子の、M子による、M子のためのブログ

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どんなに有名な人でも年の流れと共に「去る者は日日に疎し」で、年月が経つにつれて世間から忘れられて行くものです。先日、お婆ちゃんなのに可愛く微笑む宇野千代さんの写真をみて、良い年の取り方をしていらっしゃると思っていましたが、今なら週刊誌にスクープされること間違いなしの、波乱万丈の人生を過ごされていてビックリしました。

私が娘時代に宇野千代さんのお名前を知ったのは、スタイルブックでした。経歴を見ると、銀行員の従兄と結婚し北海道で暮らしながら小説を書き、一等になったので直ぐ帰るつもりだったのが、雑誌社に行った時に尾崎士郎と出会い、夫のもとに帰らずに尾崎と同棲をし、他の男性との噂がもとで別れたのです。

雑誌社に勤めてた時に、当時心中の片割れの画家、東郷青児の所へ取材に行き、血の付いた布団で共に寝て其のまま暮らし始めました。東郷が描いた絵を大阪へ売りに行った時に買主と寝てしまい、其れを知った東郷から別れを告げられます。今度は10歳下の新聞記者をしていた北原武夫と暮らし、スタイル関係の本を出すけど戦争で一時休刊して戦後に再出刊したようです。

54歳で外遊したりと金遣いが荒く、借金が嵩みスタイル社は倒産。着物のデザイナーをしながら小説「おはん」を書きベストセラー作家になりますが、北原に若い女性ができて別れます。彼女いわく「泥棒と人殺しの他は 全部やったわ」と豪快な生き方をされ、平成8年6月10日97歳で亡くなりました。昔の作家はやりたい放題の生涯を送られた人が多かった気がします。

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半月ほど前から気になりだしたのが、関西芸人?本職はともかく、テレビで見ない日が無い位だったのに、気付いた時には姿を見なくなっています。顔を思い浮かべる事は出来るても名前が出て来ません。気になり出すと一日中「何だっけ」と思いつつ、今日やっと思い出す事が出来たので、ネットで近況を調べてみました。

「口は禍の元」を地で行くアホかいなと思うのは、芸能界のドンと言われる人の悪口を調子にのりテレビで言ったらしく、所属会社からお叱りと共に謹慎処分を受けてるみたいです。芸人は少し売れだすと、実力も無いのに何を喋っても許されると勘違いする人が多く、気付いた時は遅かりし今更悔やんでも悔やみきれ無いと思います。

他にも干されてる芸能人が居るようですが、一発屋と言われながらも表舞台で活躍してた芸人さんもいっぱい見て来ました。一回もテレビに出られず埋もれてる芸人さんも数え切れないくらいいるみたいです。売れてるのに急に姿を見なくなった芸能人は我々の関知しない所で、何らかの問題を起こし罰を受けてるのでしょうか。

表舞台で活躍してる時の顔は怖いもの知らずって感じなのに、当たり前だけど謹慎中の顔は、どうしちゃったの?って思うくらいに情けない顔になっています。ふと顔だけは浮かぶのに名前が出てこない、今日やっと思い出せ近況を知る事も出来、好きでも嫌いでも無い人だけど、モヤモヤした気分がスッキリしました。ご本人に悪いので名前は伏せます。

若い頃は子育てに忙しく、子供の成長に従い徐々に自分の時間が持てるようになったのに何をしていたのか、思い出す事が出来ません。其の内に子供達が結婚して孫の出産でまた忙しくなり、子供好きの私にとっては嬉しい悲鳴を上げながらも、充実した日々を過ごすことができました。

世間でよく言われる「孫は可愛い」と、何故ならば孫の親が居るから、子育てに祖父母は全責任を負わなくて良いからです。但し怖いのは孫を事故に巻き込んだ時はどうすりゃ良いのかと、自分が生きてる限り罪悪感に苛まれると思います。幼い子は一瞬たりとも目を離しちゃいけないのです。

幸いと言うか孫のお守役を無事につとめる事が出来たお蔭で、成人した姿を見る事が出来た上に、色んな国にも連れて行って貰えました。いつも思うのは足腰に不安が有る高齢者で、どんなにお金が有っても、気兼ねなく旅に同行してくれる人が居なければ動く事が出来ません。お金が無くても海外に行けるのは若い時だけです。

自分自身は旅行好きだと思って居なかったのに、高齢になり国内外に連れ廻してくれる人が次々と現れ、自分の足で歩けたからで、長生きをしてて良かったと思いました。去年の夏のドバイが最後の旅だと諦めていたら、旅連れの孫から秋に何処かに行きましょうの誘いが有り、暑くても外に出て歩く訓練をしようとしています。

或る投稿文を見てふっと笑えたのが「猿も煽{おだ}てりゃ木に登る」でした。猿はおだてなくても木に登るだろと、別の諺に「木から落ちた猿」と言うのが有り、猿は木の上にいてこそ、自由自在に動き回れるが、地に落ちてしまうとどうにもならず、手も足も出なくなる状態の例えで、役職を離れた人の事を言うらしいのです。

私が知ってる、おだてりゃ木に登るのは「豚」、不可能な事なことに「豚の木登り」とも言い、木に登れない豚であっても、おだてられると気をよくして、普段できないことでもできるのたとえです。人の事を言ってられないのは、新年に「門松や冥土の旅の一里塚」と書いてたけど、ホントは「門松は」だと知りました。

昔の話で思い出したことが、娘時代に嫁に貰ってくれる人が居ないんじゃ無いかと心配する私に、親戚のお婆さんから言われた「心配しなくても 割れ鍋に綴じ蓋と言うから大丈夫や」此れは土鍋のことらしく、割れた鍋にも、其れに合ったふたがあり、其の人にふさわしい配偶者が居るのだと、不細工どうし、貧乏どうしの結びつきがうまく行くと言ってるのです。

数年後に此のお婆さんの娘さんの口利きで、夫と結婚することが出来ました。夫いわく「おばさんが美人だったから 姪も綺麗な人だと思ったのに騙された」と言われたけれど「合縁奇縁」うまく行くのもいかないのも、縁の働きらしくて、私の場合は素敵な夫に巡り合わせて貰ったことに心から感謝しています。

昨日から真面目に血圧を測り記入しています。医院に薬を貰いに行くと必ずと言っていいほど血圧を測られ看護師さんに「はい良いですね」。何時も標準値をキープして居るので、家で測ろうとはしていませんでした。今は家で測っても上が115で下が70足らずだから、医療関係に疎い私でも低いと思います。

何となく思い当たるのは、先日買ったピロピロかな?で、鼻から3秒息を吸い、ピロピロに息を吐き出すを数回繰り返すと結構きついです。鼻から息を吸いお腹に溜め、7秒で息を吐き出す動作は普通だけど、ピロピロに息を吐き出すのは風船を膨らますのと同じ行為で、抵抗感が伴い思いっ切り吐き出せるのが良いのだと思います。

普段から亡夫に言われてた「血圧を測る前に大きく深呼吸をするように」でした。私は血圧に限らず、常に深呼吸を心掛けるようにしてたけど、より一層抵抗感のあるピロピロを買ったのが血圧を下げる一因になったような気がして、子供の玩具と思って居た物が、仰々しく包装されたカラフルな表紙、何が出て来るかと思えば息を吹き込むと、長くびょ~んと伸びる見た目は玩具です。

もう降圧剤は要らないのじゃと思うけど、高血圧がサイレントキラーと脅されりゃ~勝手に薬を辞めるわけにもいかず、血圧が普通より低くなってるのに、無駄に薬を飲み続けても良いのだろうか。医師と言えども儲けが優先だろうから、患者はどうすりゃ良いのかと悩むしかなさそうです。

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M子
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誕生日:
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自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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