M子の、M子による、M子のためのブログ
昨夜引き出しの整理をしていたら、十七年前に結婚した姪の披露宴の写真が出て来ました。新郎新婦が各テーブルに置かれたキャンドルに火を移し、私が座ってるテーブルに順番が来た時の写真です。写真を貰い、撮られてることを知りました。
他に息子の嫁と孫娘、私と三人で香港のディズニーランドに行った時のスリル感の有る乗物で、とっさに撮った写真を出口に貼りだし、買いたい人は買って下さいみたいな、私はスルーしてたのに、乗ってない彼女が買ってくれてた写真です。あの時は二度と戻って来ないだけに、今は感謝しています。
姪の結婚披露宴の写真は、私は傍観者だから横顔だけど、此れは遺影に最適です。遺影は他人じゃ無けりゃ年齢なんて関係無いと思うので、良い写真が出て来たと喜んでいます。その当時は嫌だった写真も、いま思えば若いだけが取り柄です。
今日も夕暮れ時に、遠くのスーパーへ買い物に出掛けました。店内は買い物客で混雑し、誰もが同じ考えのようです。相変わらず手が掛からない、レトルト食品ばかりを買いました。帰宅すれば汗びっしょり、歳の割に新陳代謝が良いような気がします。
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来る日も来る日も何もせず暇を持て余してる筈の私が、夏バテは人並みに感じています。やる気を出せばと思いながらも、しんどさに逆らう術が無いと諦めの境地です。頭の片隅で、もう頑張らなくても良いんだよ、の言葉に甘えています。
時々鳴る固定電話は、数十年前に亡くなった夫のフルネームで確認した後「奥さんですか?」うっかり「はい」と返事をしたら、無料で点検させて頂くので、訪問する都合の良い日を教えてくれとおっしゃる。
夫の名義変更が面倒だから、其のまま支払ってる会社からです。もしも夫が生きてれば百歳だけど、あちらさんは相手の年齢が二百歳になって居ようと知ったこっちゃなく、点検をした序に何か売りつけようとしている気がします。
無料ってのが曲者で「全て息子が管理してるので、私がご返事できなくて御免なさい」と電話を切りました。ニュースで色んな事件を見てるから、面倒な事に巻き込まれたら子供達に迷惑が掛かると思い、私に権限が無いとお伝えしています。
毎日暑い日が続き買い物にも行けず、家に閉じこもったままです。日を追うように脚の衰えが酷く、外に出て歩かなければの恐怖が募ります。トマトも果物も冷凍物しか無く、日暮れが遅くなってるのを幸いに、陽が落ちる寸前に買い物に行きました。
一週間ぶりに訪れたスーパ内の食品が、ビックリするほど値が上がっています。買い慣れた小さな三個重ねのお豆腐を籠の中へ、帰宅し冷蔵庫に入れる時に気付き、驚いたのが二個になっていました。機械で支払う時に五千円札を入れ、お釣りに気を取られてる内にレシートを取り忘れて、お豆腐の値段が分かりません。
遺影にお供えする果物はどれにしようか?は口実で、私が食べたい物を選び買っています。それにしても物価の値上げが続くので、鈍感な私も不安を感じるようになりました。遠くに足を延ばせば、安い物が買えると分かって居ても、近くのスーパーしか行けなくなっています。
買物に行く時間が時間だけに、高い鉄筋建物の影が多く暑さを避け家路に着くことが出来ました。エレベーター前で扉を開け待ってくれる見知らぬ女性に礼を述べ「暑いですね」の社交辞令。先に降りた彼女にさよならを言い、自分の降りる階を押し忘れエレベーターは止まった儘です。大丈夫か~?、先が思いやられます。
年齢を重ね過ぎたせいか、瓶の蓋を開けるのに自力でじゃ無理になりました。瓶物専用の直径10cm円形ビニール?の助けを借り開けています。娘や孫娘が瓶物は開け難くかろうと、金具の蓋開けを貰ったけれど、使い難く放置した儘です。
今私が使ってるのは、大分前に百均で買った物だと思います。此の蓋開けが無ければ、私の日常生活が成り立たないくらいです。今は出掛けられ無いけど、外出先で自販機の飲み物を買っても、蓋を開ける事が出来ません。
一昨年に入院した時の事、コンビニで飲み物購入時に、レジの人に頼み蓋を開けて貰いました。蓋と言えば、いま食器洗剤の容器に手こずっています。洗剤会社の容器に、違う社の入れ替え用洗剤を入れたら、液が数回出た後は出て来ません。
蓋を開け調べたら出口の穴は一つ、中側に三つの穴があり、針金で突くと液が出て来るの繰り返しです。製造会社の知恵の賜物なのか、使う私は難儀しています。以前、洗顔液が泡で出る来るのを買い、その後入れ替え液を買う時に、同じ商品じゃ無ければ泡が出ないと聞いていました。
わざわざ家で容器の写メを撮り、お店の人に確認して買ったのに泡が出ないし、液体を手でこすっても泡立ちません。蓋はシンプルなのが良いと思うのに、開発者は技術を駆使してるつもりなのか、使う側は不便を強いられてる気がします。昔人間の、取るに足らない愚痴です。
今日は生ごみを出す日なです。ゴミステーションへ捨てに行きました。毎回カラス除けの網を上げながら思うのは、昔は当たり前のようにいたハエを、あまり見なくなっています。溝の蓋に網を掛けたりし、防虫剤を使っているからか、夏には必ず姿を現し耳元で不快な音を出す蚊も、殆ど出て来なくなりました。
七十数年前はスーパーマーケットなど無く、大きな建物の中に、個人商店が営業する公設市場とか、商店街が有った時代の話です。昭和の中頃まで衛生環境も悪く、食品店にハエが飛びまくってるのは通常でした。夏は寝る前に家の四方から吊るす蚊帳を張り、蚊帳の中に入る時に蚊の侵入を防ぐため、うちわで払う今では想像しがたい懐かしい想い出です。
戸建てが多い昭和時代だけに、夕暮れ時は何処からともなく蚊取り線香の匂い、ラジオの音声や子供達の会話が表まで聞こえてきました。時代が大きく変わり、鉄筋の集合住宅に住む人が多く、網戸や優れた殺虫剤のお陰で、ハエや蚊にあまり悩まされずに済む、良い時代になったと思います。
私の子供の頃のハエは、ご飯を食べる時に追い払うのが大変でした。今も不思議な事は、煙草を吸う人のせいなのか、道端に痰{たん}を吐く人が多くて汚かったです。その為に大勢の人が集まる場所に、痰ツボが置かれていました。私が生きてた間だけでも、姿を消した物がたくさん有ります。昭和の資料館に展示されたら、面白い物が有ると思うので見て下さい。
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95
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女性
誕生日:
1931/03/05
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冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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