M子の、M子による、M子のためのブログ
テレビ台のガラス扉越に見えた、新しいのトートを取り出して体重記録帳に良いなと開いたら、既にびっしりと文字が書かれていました。初孫の生まれたのが嬉しくて、赤ちゃんから幼児になるまでの間、殆ど我が家に預からせて貰った気がします。
両親が働いてた事も有り、休みの日だけ連れ帰られるのが子供心に不思議だったのか、物心が付いた時に「なんで?」と問われたのでしょう。その時の事情を文字が読めるようになった子供に、詳しくノートに書いて渡そうとしていた文です。
今は四十路近くなった孫と、幼かった頃の孫の面影を重ねながら、当時の事が懐かしく思い出す事ができました。孫に宛て書いた物が私の手元に有ると言う事は、本人は未だ読んでいない筈です。幼い子に分かりやすく書けてると、私なりの自信は有ります。
今日も孫の母親から、色んな食料が入った段ボール箱が届きました。前もって欲しい物は何かと問い送ってくれるので、出不精の私は本当に有難いです。今は皆さんにお世話になりながらも、何とか自力で暮らせていることに感謝しています。人生の余白が、後わずかに成りました。
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数か月前に買ったお米が、冷蔵庫の野菜室に眠ったままです。新品の炊飯器も有り、久し振りにご飯を炊きました。普段からご飯を炊く時に入れようと、もち麦とか十六穀米、お赤飯の素などを買い込み準備万端怠りないです。
遠い昔の戦時中の話で、主食の配給と言えば今は名を変えてる?「もち麦」と呼ばれる、麦だけを炊いた物がご飯でした。南瓜やサツマイモはご飯の代用食で、お米のご飯を食べたくても、田舎の疎開先ではお金じゃ売ってくれません。疎開させてた絹物の着物と、物々交換をする時代です。
白いご飯が恋しかった頃が、今じゃ懐かしい想い出になっています。未だ食料が其れほど欠乏していない時に、疎開先の土間にある竈の薪で炊いたご飯のおこげの、塩にぎりの味は絶品でした。おこげの味を知らない人に、食べさせてあげたいです。疎開先の良い想い出は少なかったけれど、夕暮れ時の景色は素晴らしく忘れられません。
都会の学校と同じく戦時中は軍需工場に行かされたり、戦後は丘を開墾し畑を作ったり山の木を切り炭焼きなど、女学校の時間割に、数学・国語・社会・理科・農業が普通に有りました。長い人生の中で色んな事を経験させて貰ったけど、良い想い出も尽きる事知らずいっぱい有ります。
来る日も来る日も朝起きたら、今日は何を食べようか?そんな事ばかりを考えて生きています。さすがに硬い物は、歯に応えるようになりました。外に出て行くのも億劫になり、心ならずも怠惰な暮らしをしています。
戴き物のさつま芋をオーブントースターで切り焼きにしたら、蜜みたいな感じの物が吹き出し、とても甘くて美味しかったです。但し贅沢を承知で「美味しいね」と言い合う相手が居れば、もっと幸せな気持ちになれると思います。
家族が多いに従い、色んな問題が起きて当たり前です。一人だと揉めようが無く、気楽に暮らせるのが取り柄でも、年齢を重ね過ぎた今は、出来ない事が多くなりました。今夜も洗面所の電球を見上げ、今までは自分で取り替えられたけど、もしも電球が切れたらアウトです。
高い所に上るのが怖くなり、気が済む掃除が出来なくなりました。誰かさんが「ゴミや埃で死んだ人は居ない」と言ってたけれど確かに其の通り。お言葉に甘えゴミ屋敷にするつもりじゃ無くても、建って三十年も住めば室内が古ぼけています。「光陰矢の如し」入居した日が、今はっきりと蘇ってきました。
毎日好き放題に食べていたからでしょう、昨夜体重計の数字を見てビックリしました。まさか若者じゃ有るまいし、此の歳になり食べたら太るの感覚が無かったです。動かずに食べてりゃ太るのは当然の事なのに、それすら認知が出来ないから困ります。
今日も家の中はテレビと、時々携帯にLIENの着信音だけです。送信元が気になるので、取り合えず確認をします。大概は無料スタンプを使わせて頂いてる会社からで、今日の一通は、LIEN登録している「大阪市LIEN公式アカウント利用者にお願い」七つの質問に答えて下さいです。
普通の人なら簡単に答えられる質問が、今の私は会話が出来ても文字で答える事が難しくなっています。何度も読み返して答えを探そうとしても、頭の整理が付かずスルーすることにしました。大した質問じゃないと分かってるだけに、歯がゆいけれど仕方がないと諦めの境地です。
二月に今日の暑さは尋常じゃないと思いながらも、暖房要らずで過ごす事が出来ました。何もせずに一日中座ってるのも如何なものかと、焦りと罪悪感に苛まれ、廊下の手すりをバー代わりにして、気やすめの屈伸運動で気を紛らわしています。こんな時、何も特技を持たない者は惨めです。
朝から足首周辺に痛みがあり、思い付いたのが何時買ったか記憶に無い、肌着に貼るミニカイロです。古びて締め付けず、丁度いい伸び方の脹脛サポーターが有ります。足首から脹脛全体が痛みだしたので、カイロの位置を回して使うことが出来ました。
我ながらグッドアイデアだと満足しながら、今度は腰痛にも行けるかな?と肌着に貼り付けます。ただ気を付けなければの心配は肌着の腰部分だけに、カイロをトイレで落とさないかです。遠い昔の話、私が未だ十代の頃に親戚のお婆さんが、棒状になったカイロに火を点け、専用ケースに入れた光景を思い出しました。
昔は今のカイロのように、紙を剥がして布に貼り付ける簡単な物じゃ無く、炭の粉を特殊な筒状の紙に投入した物の先に、火を点けてケースに入れると、数時間じんわり温かくなります。時代と共に金属ケースにアルコールを入れ、火を点ければ温かくなるお洒落な物が出て来ました。どっちにしても、面倒な物です。
昔の物は火を使う物だから、子供に使用させなかったと思います。今の暮らしが普通だと思ってる人が多いけど、古い時代を生きて来た者には、貼るだけで温かくなるカイロは本当に有難いです。今は電気と水道さえ有れば、機械にお任せで暮らせる良い時代になりました。
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プロフィール
HN:
M子
年齢:
95
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD鑑賞
自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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