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M子の、M子による、M子のためのブログ

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今日は歯科医院に予約してる日です。外の気温が高そうだと、数年前に買った小さな扇風機が両側についた首に掛ける物に充電します。スイッチを入れ外に出れば強風に近い風が吹いているので、首に掛けた扇風機の電源を切りショッピングカーの中に仕舞いました。

此の扇風機の出番はいつ来るのやら。強風のお陰で暑さも苦にならず歯科医院に到着し、歯の治療を受けた後は何時ものようにスーパーで買い物をしてふらふらになりながら帰宅します。今朝息子から「手に入り難い筋肉痛に良く効く塗り薬を買ったので近々に持って行きます」のメールが届きました。

その塗り薬なら我が家にも買い置きが有るのを思い出し、今まで痛みで辛かった時に塗り助けられたのに、すっかり忘れていたようです。今夜お風呂上りに塗ってみたら、凄く楽になったのは良いけれど、ただ難点は匂いがきつくて、家にいる時は問題が無くとも外出時には気が引けると思います。

家の中に閉じ籠ってると、誰とも関わる事が無く気楽でも、出れば何かと世間話に花が咲き其れなりに楽しい物です。外で歩くときはマスクを外して良いとテレビで伝えてくれてるので、道中で人とすれ違う事が少なく、マスクをはずして歩けるくことが出来て楽になったけど、地下鉄に乗って遠出が出来ればもっと良いのと思います。

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今日は終戦記念日で、昨日の事のように思い出すのは心からホッとしたことです。疎開先の女学校から学徒動員で軍需工場に行き働いてる時のお昼に、玉音放送が有ると知ってはいたけど私達が直接ラジオで聴いたんじゃなく、人伝に聴かされ帰宅していいと言われて嬉しかったのを覚えています。

神戸の女学校一年生で電車通学をしていた頃は、警戒警報が鳴るといち早く下校していたのです。二年生になった頃は神戸の東方に有る深江の軍需工場で働いていて、空襲警報が鳴ると山に向い逃げながら、余りにもしんどくて死んでも良いやって思っていました。

国道二号線を歩き住家のある三宮まで歩いて帰る道は、所かまわず一トン爆弾で大きくえぐられています。当時は馬が荷車を曳いていたので、あちこちに馬の死骸が転がっていました。湊川神社横に住んでる時に焼夷弾で焼けだされ、二度目は三宮に住んでいた朝、空襲のサイレンで国鉄の高架下に避難し、目の前で油脂焼夷弾がバラバラと落ち、家が燃えて行くのを目撃し事は忘れないです。

今まで自分が体験した戦時中に凄く怖かった話だけしてたけど、最近になり色んな人の話は、戦中に親を亡くし子供だけ残され、戦後に生きて行くのが大変だった話を聴く度に、親族に恵まれ守られていた私の辛さは大したことじゃ無いと知りました。同じ戦中戦後を体験してても、未だ知らない事がたくさん有るようです。

何かにつけて訪問しようとする人達に、衣服の着脱がし難いので来られたら困るから来ないでとお願いしてるので、お盆なのに誰も来なくて助かっています。戸建てと違いマンションの良いところは、どんな格好をしても誰の目にも触れる事が無いのです。

大した家事もしていないのに手の調子が良いもんだから、お風呂の湯船にゆっくり浸かっていたら汗がなかなかとまりません。直ぐに衣服を纏わなくても、誰に気を遣うことも無く過ごせることに満足しています。今夜は何を食べようか?と時間を気にせず作り始めたのは、皿うどんの野菜餡かけです。

目的も無く買い置いてるアスパラを入れたけど、文句を言う人は居なくて好き勝手に作れるし、私が食べて美味しけりゃ其れで良いんです。訪ねる人も無く寂しいと思われるでしょうけれど、一人で呑気に暮らせるのが有難いと思って居ます。医師から腱鞘炎と言われ、頚椎の異常じゃ無いと判ったのも良かったです。

コロナが少し落ち着いたら、梅田あたりに出掛けたいと思うのに、一向に収まる気配が無いのに苦慮しています。先日、固定電話に掛かってきたのは機械音声で、アンケートを取ってるとかで持ち家か賃貸か該当する番号を押すように、やばいと思い直ぐに受話器を置きました。退屈しのぎにもなりゃしない電話です。

今日のスマホの天気予報は傘マークが続いてるけれど、空を見上げれば雲が出てる割には良いお天気です。お盆に何もしないのは気が引けるので、お花とお供えを買いにスーパーに行くことに、普段なら絶対に出掛けない時間のお昼に行ったのは、お花が売り切れになる心配が有ったからです。

スーパーに到着し取り合えず数束のお花を籠の中へ、今度は果物を、先ず西瓜の切ったのは自分が食べたいから、次は桃を四個と豊水梨を二個は何となく長持ちしそうなので買いました。和菓子の日持ちしそうなのはと見れば栗饅頭の六個入りが、此れも籠の中に入れて行くうちに量が増え、レジで籠を移動させるのが難しそうです。

「すみません重たいので一個ずつ置かせて下さい。籠も二個に分けて頂けますか?」「わかりました」と順に入れてくれた後に、別の台に運んでくれ助かりました。荷物の移動中に財布から取り出した金額は少なく、こんなに買って間違えるとはと恥ずかしかったです。レジに出た金額を見ず、耳で聴いた声を頼りに支払おうとしていました。

日中の暑さははんぱなく、汗びっしょりでの帰宅です。シャワーで汗を流し落ち着いてから花瓶に花を生けて遺影の傍に、栗饅頭と果物もお供えしたら、お盆らしい雰囲気になりました。年の割には信心気が薄いので、せめて節季だけは其れらしくしなければと思って居ます。お寺にお参りに行けなくて御免なさいと遺影に詫びながら、涼しい部屋から離れられません。

数日前に上の奥歯の詰め物が取れ、残された歯のとがりが口の中の皮膚に当たり痛みます。自分では何ともし難く予約を入れようと歯科医院に電話をしたら「ただいま電話に出る事が出来ません。お名前と要件をどうぞ」と言ってるので、もしかして治療中で手が離せないんだと思い、お願いの言葉を入れ電話を切りました。

数時間後に医師の声で、今日はお休みだけどと言いながら状態を聞いてくれたのちに、都合の良い時間を指定してくれたら治療しますの返事に、日中は暑いので夕方にお願いしても宜しいでしょうかの私の我儘を快諾し、治療をして頂けることになりました。

歯科医院の戸を開けると「暑いのに大変だったでしょう」と向かい入れてくれた久しぶりに見る医師の毛髪が薄くなっています。三十年ほどの間にお互いが年齢を重ね、老いて行く姿を見つめあって来たのです。受付嬢が居ない気楽さで、私の腕や手が痛んだ話とか、医師の体調の悩みなど色んなお話が出来ました。

帰りに近くのスーパーに寄り、たくさん買い物が出来て当分は食料に不自由する事は無いと思います。自分の買い物は良いとしてお盆なのに、肝心のご先祖のお供えやお花を買うのを忘れていました。殆どの医院や個人商店前の張り紙に、盆休みと書かれています。年中休んでる私の感覚が、世間的にズレてると気付かされた一日でした。

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