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一昨日治療中の下の前歯4本が取れ、歯が無くても別に関係ないと安易に考えていたら、そうじゃ無かったです。上下の歯で熱い物を食い切ろうと試みたら、熱くて食い切ることが出来なくて、肝心の食欲を満たす歯の一部が欠けると、不都合が生じると言う事を痛切に感じました。
日曜明けを待ち今朝予約電話をし、取れた歯を持参して嵌めて頂きました。料金を払おうと待ってたら「代金は要りません」てな事を言われ、そうだよなって納得し世間話をしながら院外へ、向かう所はお馴染みのスーパーです。いつもより時間が早く、食べたいと思っていたお弁当に巡り合うことが出来ました。
外を歩く人の服装は、秋・冬とまちまちです。今日の陽気は歩くと汗ばむくらいで、外出するときの服装選びに時間が掛かります。着る物はいっぱい有るのに、ズボンのウエストが10cmほど開くので穿くことが出来ません。「天高く馬肥ゆる秋」とは私の事のようです。
歩いてると金木犀の香りが漂い、秋色が濃くなった気がします。姉の新聞代金を入れる封筒の年月を見て、大阪に転居して7年になったのを知り、時の経つ速さにビックリしました。当時の私は80歳を過ぎてたけれど、京都・大阪間を何度も往復し外国旅行も楽めたのに、今じゃ見る影もない老いぼれ婆~さんとは情けなや。
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早朝に枕もとに置いた携帯のアラーム着信音が、ビックリして飛び起きました。中庭の障子越しの灯りと、メガネ無しでは字が読めずゆっくりとベットから立ち上がり、リビングの椅子に座り読んだけど寝ぼけてるから、何だか意味が分からなかったです。
その時に血迷った指が触ったのでしょう、娘への電話のベルが鳴りだしてるのに気付き、娘が電話に出る前に切ろうと大慌て、直ぐにメールで事の次第を告げました。早朝だから未だ眠ってると思うからです。数時間後に娘からのメールで「二階で寝ていて、携帯は下に置いてるので知らなかったです」
今もテーブルに置いてる携帯に着信音が、何だろうと見れば「小沢一郎氏が落選」私には関係のない事なのに、と思いながらも、早く寝る人には迷惑な話です。ガラ系の時には無かったお知らせが、人騒がせなことに時を構わず「プープープー」音が侵入してきます。
今朝は着信音に叩き起こされ、一日中ふらふらの状態で過ごす羽目になりました。スマホも悪い事ばかりじゃ無く、四文字熟語に挑戦して遊んだら、自信を持って臨んだ筈が手ごわくて、勉強不足を思い知らされ、スマホのお陰で色んな事が学べると喜んでいます。トライした箇所から私の名前入りのお知らせも、また楽しからずやです。
今日、孫娘と息子が注文していたスマホケースとリングが届いたと、持って来てくれました。ガラケイの時は落とすことが無かったのに、スマホになり持ち方が悪いのか時々床に落とすからリングは重宝しそうです。別のケース型は入れたら着信音が聞こえ難くそうだし、嵩が高くポケットに入れて持ち歩くのが大変そう。
今日もお持たせの昼食を食べてる時に歯に違和感が有り、そっと手をやれば治療中の下の前歯四本が取れていました。鏡を見たら完全に歯抜けの婆さんそのもので、口元を隠すのにマスクが登場します。明日は日曜日だし歯科医院に連絡が取れず、こんな時のマスクは本当に有難いです。
相変わらず今日も孫娘に、初歩的なスマホの扱い方を教えて貰い、少しだけ出来ることが増えた気がします。世間話をしてる途中で息子から何やらいっぱいお説教をされたけど、無視を決め込んでたので殆ど記憶に残っていません。「負うた子に教えられ」とは此のことかと思いながら、話を聞き流していました。
世間一般に言えるのは、気付けば親子の立場が逆転してることです。親が超が付くほど高齢になるに従い、親を子ども扱いにするのは如何なものかと合点がいきません。たとえ親が認知症になったとしても、意識の有る限り多少のプライドは残ってると思うので、親の扱い方に気を付けてとお願いしたいです。
数年ぶりに会う知人を、道不案内だろうと駅まで迎えに行きました。我が家に客を迎え入れる時は、餌持ち込みと勝手に決めてるので、持参の大きな荷物はショッピングカーに任せます。お互いに歳を重ねたと気付けど、口には出さず歩きました。
デパートで有名菓子店の物や、肉類の加工品などがテーブルの上に並び、久し振りの珍しいご馳走に有り付けて嬉しかったです。スマホの先輩でも有る知人女性に、初歩的な操作の仕方をたくさん教えて貰う事が出来ました。家中を見回ったのか「お風呂の電気は付かないの?」「そんな所まで見てたんだ」は胸の内。
「以前に消えたことが有り、ほっといたら勝手に点いたので、今度も点くかなと待ってるの、今度は電球が切れて点かないのかも」と買い置きの電球は有ると言えば、カバーを外し電球を替えようとしてくれてます。身長が低くなり替えられなくなった私より高く、電球を替えてくれたら浴室が明るくなりました。
慣れって恐ろしいと思ったのは、今夜も電気を点けずにお風呂を使っていた事で、物忘れが酷くなっています。知人を見送りがてら歩いてる時、つくづく実感したのは自分の老いでした。歩調を合わせられなくなってるし、マスクをしてるからか息切れも激しくて、もう一人の遠出は無理だと思いはじめています。
長い間放置したままの引き出しの中を見たら、夫の両親が遺した土地や家の相続についての文書が出てきました。司法書士との書類のやり取りや、夫が全ての権利放棄する流れなど、数十年後に見たものばかり、文字を見てると当時を思い出し懐かしかったです。
他にビニール袋から出て来た汚げな本の有るのは知ってたけれど、今日何気に開いてみました。本の表紙には「小学生用歴史 前編 第一」最後のページには、明治二十六年十二月三十日訂正再版 定価九銭 です。本の字は、漢字とカタカナで綴られ、横書きの文字は、今と違い右から左に書かれています。
本の表紙には「高等小学校の歴史」前編・後編が有るらしく前編の文字が、文中で、ひらがなが書かれてるところは何故か、からふと・かむちゃっかノ如ク、だけ。歴代の天皇の事やら、和気清麻呂・弘法大師・紫式部とそれぞれの人達のことを、興味深かったのは、紫式部が結婚し子供が一人生まれ、夫が早世した後に小説を書き始めた事などが書かれていました。
高齢者じゃないと理解しにくいと思う「高等小学校」とは、戦後に無くなった、小学校を卒業してから行く学校で、子供が更に二年通い学べる学校です。今と違い小学校を卒業して働きに行く子も居れば、当時、男子は中学校、女子は女学校、賢い子は公立校へ、成績順に選び受験し私立校へ進んだ子供達は、五年で卒業し望む子は大学へ進みます。私の女学校生活は、学徒動員に駆り出され、殆ど軍需工場要員でした。
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