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M子の、M子による、M子のためのブログ

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昨日テレビで「徹子の部屋」を観ていたら、94歳で亡くなった橋田寿賀子さんの追悼番組で、90歳になったら何もするのも嫌になりました。私だけじゃ無いんだと思いながら、以前番組で観た大きな庭付きの広いお家に独り住まいは、お掃除が大変だろうなの記憶が有ります。90歳なのにピンクのお洋服がお似合いです。

番組中のお話で、女性のお手伝いさんが五人と男性が一人いると聴き納得ができました。世界一周の旅に出る予定だと言い、お元気なのは普段トレーナー付きでバーベルを上げたり、屈伸運動をされたりと体を鍛え体力を維持していらっしゃるご様子です。稼ぐに追いつく貧乏なしとは言え、稼ぐ額の桁が違い過ぎます。

生まれながらの才能が有る上に、それなりの努力もされた結果だと分かっちゃいるけど羨ましいかな?。のんべんだらりと生きて来た私は私なりに、周囲の人に助けられながらも幸せな人生だったと思っています。今日も家に籠ってると歩けなくなる恐怖に駆られ、遠くのスーパーに行きました。

店内に入った途端に携帯の着信音が、発信者も確かめず「ハイ」夫の従妹からです。店内案内放送が聴こえたのか「掛け直します」帰宅し電話をすれば、コロナの罹患者が多いけど大丈夫ですかに続き、家の改装を頼んだ会社の人がコロナだと分かり大騒ぎしてるとか、身近に迫って来たので気を付けて下さい。今日の大阪は九百人近いと知り、のんびりしてる場合じゃ無さそうです。

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この頃は自分でも恐くなるくらいに物事が捗らず、ガスコンロ3口ある手前の一つに火を付け調理しながら、奥にある小さなガス火に小鍋を掛けたのに、いくら待っても煮立ちません。なんでやねん!と見れば、点火するのを完全に忘れています。

火を付けたまま忘れるよりは良いと思うけど、火を付けなきゃ~待てど暮らせど食べる事は出来ません。物を移動する時もあちこちにぶつけお鍋や器に、ごめんね!って謝ったりすることが多くなりました。家の中を歩いてる時に、腕や足を柱やドアにもぶつけ、余りの痛さに悲鳴をあげています。

問題はお風呂の浴槽です。洗い場から浴槽に足を入れるのは何とかなっても、浴槽から出る時に高く脚を上げねばならず、四か所付いてる手摺の三か所を使い、短くなった脚を思い切り上げる動作がいつまで続けることが出来るだろうかの不安がつのります。

狭い浴室に長方形の浴槽が付けられてるだけでも有難いと思いながらも、浴槽の深さは何とかならない物かと、自分が超高齢になって思うことです。外国の浴槽は浅くて縦長いから、身長が低い者には不安定で「帯に短かし たすきに長し」此れから高齢者が増えて行くので、浴槽も改良されたら良いなと期待しています。

今日何気にテレビを見てたのは、小学生の教育テレビの算数で分数、分母の最小公約数とかでした。未だに計算機も使いこなせず、数字が大の苦手です。もう誰の勉強を見ることが無いと思いつつ、分数くらいは知っておこうと見てたけど、残念ながら分からずじまいでした。何かを何当分に分ける事が出来る程度で、ま良いかって感じです。

私は子供の頃から勉強が苦手だったからでしょう、うちの子に勉強をしなさいなんて強要はしませんでした。私よりは賢かったので、内心ほっとしてたくらいです。世の中に賢い人も必要でしょうが、程々の人などを取り混ぜて居るから成り立っているんだと、自分なりに勝手な理屈をこねています。

最近は日常会話にも付いて行けなくなりました。コメンテーターがやたら英単語を使うので、単語の訳を調べてノートに書き写した数が増えるばかりです。さっきもエビデンスとか、ジェノサイドとは何だろうと、知ってどうするでも無いけれど、知らなきゃ意味が分からずってのも嫌だし、読めても書けない漢字を無視するのもな~って、取り敢えず書いて覚えようとしています。

こんなことをしてるのは、椅子に座りっぱなしで何もしないでぼっとしてる言い訳にすぎません。世の中の役立たずが長生きしてると肩身が狭く、どうすりゃいいんだと自問自答の繰り返しです。下手にうろうろせず、じっと家に籠ってるのが良いのかな、結論はノートに記入三昧で生きて行くことにしました。


朝方にいつもなら足が攣りもだえるのに、今朝は起き上がろうとしたら、右側の臀部に痛みが走り起き上がることが出来ません。脚ならばどう処置すれば良いか分かるけど、臀部の痛みは初めてです。長く生きて来たけど、こんなところに筋肉は有ったっけ?手で触ったらフニャフニャで、攣る筋肉が見つかりません。

ベットから立ち上がり歩こうとすれど、力が入らず歩くことさえ難しくなっています。気だけは若いつもりでも、脚はボロボロで目の前に老いを突きつけられてる感じです。数か月前までは、超高齢者の姿を他人事のように見ていたら、何の事は無い現実に自分の上に降りかかってきています。

ご近所さんとお付き合いが無いので、同年代の方とお話しする機会が無いから、当然体の色んな悩みの情報を得ることが無いから、体の不調が有っても相談すら出来ません。時々思うのは「遠くの親戚より、近くの他人」近くに住んでる他人のほうが、いざと言う時に頼りになるみたいです。

近所付き合いを大切にしなければと思いながらも、お互いが社交辞令の挨拶程度で過ごしてきたのに、こっちの勝手で仲良くしてよはもう無理だと思います。集合住宅の我関せずの距離を置いての暮らしが心地よく、年老いて困ってるから手を貸してはいくら何でも都合が良すぎるでしょう。後悔先に立たずです。

阿川弘之著「末の末っ子」を読み終え、解説部分に阿川淳之の名が書かれてるのを見て、文中に出て来る末っ子の淳{あつし}だと分かりました。自己紹介にも三男の末っ子と書いてあり、父51・母44・長男21・長女18・次男10歳の時に生まれたのが淳之だそうです。

父が血気盛んだった頃は傍若無人で、兄や姉は無茶苦茶なことを言われたらしく、末っ子が生まれた頃は多少穏やかに、60を過ぎあたりから全ての事が面倒と、旨い物を食ってコロっと死にたいと言いながら、麻雀・パチンコ・花札の賭け事全般を好み、小説中の登場人物が吉行淳之介で、阿川弘之は賭け事仲間の吉行から名前を頂き子の名前に。小説中に出てくる面白い小説家は、遠藤周作で、賭け事はしないけどダジャレ・悪戯好きで阿川弘之とは仲良しだった。

阿川は基本的に気難しい性格で、老いと共に多少は穏やかになっても家族に厳しい反面、他人には異常なほど気を遣い、宅配や郵便配達など自分が受け取る時は、感じが良かったと書かれています。晩年入院生活してる時はスタッフの評判も良く、愛想とユーモアを振りまき気を紛らわせていたようです。吉行は平成6年、遠藤は8年に亡くなり、阿川は入院三年半の平成27年、94歳で亡くなり思うように動かなくなった足を見つめながら、家に戻りたいと言って居たとか。

ほぼ寝たきりになった父の楽しみは食事と読書で、家族がたまに持ち込むチーズなどを肴に、少しビールや酒を嗜むのを楽しみにしていた。読みたい本の注文は私がインターネットでし、どんどん増え病室が図書館のようになりました。昭和40年代の家族の情景を描いた小説で、純粋に少し風変わりな昭和の一家族の事として読んでもらえれば、父は満足だろうと思うと結ばれていました。




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