忍者ブログ
M子の、M子による、M子のためのブログ

* admin *  * write *  * res *
[373]  [374]  [375]  [376]  [377]  [378]  [379]  [380]  [381]  [382]  [383
<<06 * 07/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  *  08>>

昨日姉とのメール交換で「傍で気遣ってくれる人が居るから心強くて良いですね。独り暮らしは孤独だし不安です」と言うと「日常生活がガラッと変わり、決意や覚悟がいるけれどコロナ禍が収束に向かったら、施設をリサーチしてみたら?」の助言を受けました。

此れまでに人の手を借りずに生きて来たと言いたいけれど、振り返ればそうじゃ無かった、色んな人に助けられたからこそ今の暮らしが有ります。心細いと弱音を吐く前に、日々の生活に向き合わなければいけないのです。同じ大阪府に住む娘が買い物の道中だと言い電話を掛けてくれ、取り留めのない話をしてくれます。

先日会話の中で「元気で居てくれて有り難う」な~んて言われました。長生きしてて御免なさいと思って居ただけに、何だか嬉しかったです。言葉に出して言ってもらうと、なぜか心に刺さります。私も母が亡くなる前に、有り難うと言ってくれた言葉を忘れません。母が入院中に、度々見舞いに行ったのが嬉しかったからでしょう。

誰でも色んな悩みを持ちながら暮らしてると思うのは、悩んでる内容が人それぞれだからです。身体的に辛い人、経済的に苦しい人と言うと切がなくなります。独り暮らしが心細いなんて、ホント贅沢な悩みだと思うようになりました。有難がられてる内に、すっと消えられたら良いのにが願いです。

PR

最近は自分自身がしんどくて、姉の事が気になりながらもそれどころじゃ無いと思い、でも何も言ってこないと心配になりメールをしました。いつもなら直ぐに返信して来るのに、音沙汰なしのままです。さすがに放ってはおけず事務所に安否を確かめたら「酸素数値も上がり、お元気にしてらっしゃいますよ」にホッとします。

携帯充電中に姉からの返信が有りました。月刊本と年金の受け取り紙幣の詳細が書かれ、気分の良い時にお願いします。と書かれていますが、考えたら先ず私自身の体調を気遣い、人の事は後回しにしていました。メールには、施設の職員さんが深夜二回見回って下さり、有難いけど気づまりです。と私といっしょで、贅沢な悩みが綴られています。

常に見守られてるのもな~、元気な時は良いけれど、躰の不調を訴えたくても誰も居ないのも辛いし、あくまでも独り暮らしを望むなら、孤独と仲良く過ごすしかなさそうです。あとは野となれ山となれで何とかなるはず、先に逝った方が楽になれると思っています。姉ともども百歳まで生きてたり、想像しただけで恐ろしいです。

戴き物の椎茸数袋の賞味期限が、数年も過ぎています。口に入れる物だけに心配で、いつも助言して下さる「検索」に問いました。冷蔵庫の野菜室に収納していた椎茸は、捨てたほうが良いと判断ができ、背中を押された気がして有難かったです。備蓄もほどほどにしないと、捨てるのは勿体ないしいずれ罰が当たると思います。

最近はあちこちの都府県で、コロナが少し収まるまで緊急事態宣言が出されたようです。此の話題でキャスター?が、日数を長くし様子を見て短期で解除すれば、好感が得られる「朝三暮四」のたとえだと言ってます。以前ブログに諺として書いた事が有ったけど、何の事か思い出せませんでした。

調べれば、ホントは同じ事なのに、狡い手段で欺き愚弄することだそう。中国の猿回しが猿に栃の実を与えるのに、朝三つ夕方四つをやろうとしたら猿が凄く怒ったので、朝四つ夕方三つにしたら喜んだと言う話です。最初に長期間を宣言して、短期間で解除すれば気持ち的に好感が得られると解説していました。

外出無しが三日も続くと、さすがに脚の筋肉の衰えが気になりだし、歩かねばと一念発起?やはり向かう先はスーパーです。ショッピングカーをお供に颯爽ととはいかず、トボトボと歩を進めるも気持ちは七十代のつもりなのに、躰が言う事を聞いてくれなくなり、後ろからの日ざしが容赦なく私の老影を見せつけます。

スーパーの店内での買い物は早いけれど、衝動買いをしてるかもです。家に籠ってるよりも、歩きながら外の空気を吸うほうが良いに決まっています。勝手な言い草と分かっちゃいても気楽に話せる散歩フレンドが居たら人生もっと楽しく生きられると、今夜も取り留めのない文を書きつつ、何事も無く暮れて行くようです。





携帯に娘からの電話です。家の中に籠り切りだから人との会話も無く、朝は遺影に手を合わせ一方的に話し掛けていますが、電話だとこちらの話も聴いて貰えるし、色んな情報も得られます。外に出ても社交辞令程度の会話をするか、顔見知りの人と会わなければ声を出すことも無いです。

スーパーもコンビニも余りない時代は、個人商店で買い物をすれば其れなりにお喋りをしたり、レシピを検索する代わりにお店の人に調理法を訊ねたりしながら、冗談を言ったり笑ったりして買い物に行くのが楽しかったのに機械化が進み、レジで支払い金額が表示され、次に自動支払機の前に立てば「お金を入れて下さい」を連呼されます。

繰り返される機械の音声に急かせれ紙幣を挿入するので、財布の中は小銭だらけです。最近は無人のコンビニが出来たとか、幸いと言うか、スマホを持たない私は店内にも入れません。時代の変わりようが早くて、高齢者にはとてもじゃ無いが付いて行けなくなりました。団地に住む人が多くなり昔なら考えられ無い「隣は何をする人ぞ」です。

今は有難い事に電信機器の普及で、いつ誰にでも連絡が可能になりました。私が子供の頃は東京から神戸に電話するのに、電話局に呼び出して貰い、暫くしてやっと通話ができてたし、殆どの家に電話が無かった時代から、携帯の普及で今日も娘と気軽に色んな話が出来て嬉しかったです。ひとつ失っても次に得る物の登場で、時代は遷り変って行くのでしょう。

病は気からとはよく言ったもので、朝から気分が優れず血圧を測れば高くて、昨日おぼえたにぎにぎを繰り返すと少し下がったようです。いよいよ来たかと印刷物の裏の白紙に、躰の状態を書き残すことにします。エアコンの暖房は其の侭に、もしも意識が無くなった時に電気ストーブは火事の心配が有るので切りました。

家に居る時は殆ど欠かしたことが無いお風呂も辞めることに、先日すき焼きをした汁を捨てるのは勿体ないと、戴き物のジャガイモ・人参・玉ねぎを煮ている時点で生きる気まんまんなのに、それでも食欲が有りません。未練がましくもう一度血圧を測ってみたら、平常値に戻っているじゃ無いですか。

な~んだ何ともないやと思った途端に無かった筈の食欲が戻り、いつもより沢山食べたかも。こんな状態が時々襲ってくるので、いずれ本当のがやってきそうな気がします。心配なのは私を頼りに生きてる姉のこと、身内じゃ無ければ受け取れない年金とか、書類提出のコピーや楽しみにしてる月刊誌の手配です。

姉は施設の方が気を配って看てて下さるので心配ないけど、一人暮らしだと具合が悪くても訴える人が傍に居なくて心細さを感じます。以前掛かりつけの医師に、辛ければ我慢せずに119に電話をしろって言われても私には無理なので、願わくば姉を看取ってからにして下さい。子供達に迷惑を掛けたく無いのです。

カウンター
カレンダー
06 2026/07 08
S M T W T F S
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
M子
年齢:
95
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD鑑賞
自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[12/02 NONAME]
[01/18 NONAME]
[01/17 はんてふ]
[11/01 NONAME]
[11/01 ふーちゃん]
最新トラックバック
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析
powered by NINJA TOOLS // appeal: 忍者ブログ / [PR]

template by ゆきぱんだ  //  Copyright: M子のお花畑 All Rights Reserved