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ゆっくりと腰を落ち着け、買った本を読もうと数ページ捲ったあたりで、いつものように睡魔が襲って来ました。若い頃と違い適当な明かりと、視力が必要になってると気付き、天井からの明かりにプラスしてテーブルにスタンドを置き、普段かけてる老眼鏡にルーペ付きメガネを重ねたら、読む環境が整ったのでしょうか捲るページ数が多くなっていきます。
小説の「しろばんば」は、五歳の少年が両親と離れ、亡くなった曾祖父の妾{めかけ}の老婆と二人で、山村の土蔵の中で暮らしてる情景を少年の目で見たままを書かれてるのです。今時の人は知らないで有ろう当時のことを、懐かしく思い出される文章に思わず引き込まれ、夜が白むまで読んでいました。
少年が数年ぶりに両親の所に会いに行く列車で、夏だったのか窓から入ってくる石炭の煤{すす}や、車中での人の触れ合いなどと、地方なりに開けた所と山すそに住むのとは、街の雰囲気が全然違うので、親が住む街で迷子になった時の不安な気持ちは、私の子供の頃に味わった苦い思い出と重なり懐かしかったです。
田舎から遠く離れて住む親に会いに行く時、村人や友達の多くが見送りにきて、お土産をくれたりと賑々しく見送る様子が目に浮かびます。新しい下駄を履かされたらしく、汽車に乗って気付いたら裸足です。慌てて探してもらったと書かれています。日常は藁の草履を履いていたから、下駄は苦手だったのでしょう。
両親に見送られ列車に乗る時に、戴いた物や自分たちで買った多くのお土産を「赤帽」{あかぼう}のおじさんに託したと書かれてるけど、赤帽って何?と知らない人が多いと思います。昭和の何時ごろまでだったか、荷物が多くて大変な時は、駅のホームで赤い帽子をかぶった男性に頼むと、いくら払うか知らないけど運んでくれていました。本は此処までで三分の一読んだみたい。
死ぬまで知らずに済んだ筈の田舎暮らしが、戦時中に田舎に疎開して知ることが出来たし、黒い煙をはきながら走る機関車、田園を照らし沈む夕日の美しい光景が今でも目に焼き付き、良い思い出として忘れる事は無いです。戦前の履物は都会でも普段は下駄です。買いたくても売ってない戦時中は、疎開先で私も藁草履を履いていたな~。
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生ごみを出しに行く序に本屋さんへ、本を読む気は有るのに眠気が襲いなかなか先に進めません。店内を見て回り、作者の名前を求めていました。最近、直木賞を取った人の本を読んでも、なんだか馴染めなくて、きょう買おうと手に取った本は、井上 靖著「しろばんば」数ページ捲っただけで面白そうな気がします。
前に買った、太宰 治著の斜陽・人間失格・走れメロスなど、古い作家の本に出てくる場面が、自分の身近に起きてた情景が重なる感じがして、文章に溶け込んで行けるからだと思います。本を手に郵便局へマンションの管理費を入金、郵便局との付き合いは管理費の引き落としだけです。以前入金を忘れ数百円の延滞金を取られたトラウマがあります。
歩く序に遠くのスーパーへ行く事に。目的は歩くだけの筈だったのが、店内に入ると籠の中が直ぐにいっぱいになりました。バスの優待証を持って来て良かったです。天気予報で明日は黄砂が多いとの注意報が出ていたから、今日は大洗濯をして風でよく乾いたし、数日分の買い物も出来て良かったと思います。ちなみに今日の買い物は七キロ弱でした。
きょう買った三枚のサンマの開きは焼いて食べたけど、後は冷蔵庫の野菜室で芽を出しはじめた、人参・玉ねぎ・ジャガイモを処理するのにカレーを作ったので、久々にご飯を炊きます。お米も野菜室に長く眠らせてたからでしょう、ぜんぜん美味しくなかったです。奇しくもカレーで味覚・嗅覚が衰えてないと分かり、何となく安心しました。
どっちかと言えば、外出するより家に居るのが好きな私は、改めて「おうちにいようよ」と言われなくても、お家に居ることに耐えられます。高齢者は外へ出て行かないようにと言われると、もやっとした気分になるのは何故でしょう。超が付く年齢になり、気付けば冠婚葬祭の参加も免除されてるようです。
役に立たなくなれば、せめて家でじっとしてろって言われてるみたいな気がして、なんだか情けなくなっています。物は考えよう、家の中で守られていればこそ、交通事故や外敵にも遭わず安全に暮らせているので、文句を言ってたら罰が当たりそう。それにしてもどんよりとした重い空気は、いつ晴れるのやらです。
今はじっとしてても、蒸しっとしています。早くも熱中症に気を付け水分補給をするようにと、テレビからの注意喚起が、今夏の気温はどれほど高くなるのか心配になって来ました。横のテーブルを見たら去年買った「ショルダーファン」の箱が、小さな扇風機が二個付いて、肩に掛けると両側から涼しい風が吹くので、外が少し暑くても大丈夫そうです。
まさか今年の夏に使えるとは、生きてればこそ役に立つので、悩んだ挙句に買っといて良かったと思いました。夜は暗くてもボタン操作で、LEDのグラデーションライトが点滅し、車や人からも存在を認められるので安心して歩けます。誰かにあげるつもりだったのに、自分で使える日が来るなんて思わなかったです。
少し歩きに行こうと出掛ける準備を整えて、ベランダ越しに外を見れば桜の枝が大きく揺れています。あ~風が強そうだと思案した挙げ句に、きょうは出て行くのをやめることにしました。何故ならば風が強いと、折角セットした髪が乱れるからで、前からの風に耐えても後ろからの風は髪の乱れが半端じゃないのです。
普通の体形ならすっと出掛けられるのに、私の場合は服を着替える前に体の色んな所を補正しなければならず、出掛ける準備にけっこう時間を要します。棺桶に片足を突っ込んでても、未だ女は捨てて居ないつもりです。人目にどう見えてるかは知らねども、自分なりに外見はどうなのかと気にしています。
出掛ける為に締め付けていた物を次々と脱ぎすて武装を解除したら、解放された全身が喜んでるようです。昔コマーシャルだったかで「私、脱いだらすごいんです」この女性の場合は、プロポーションが良いって事の表現だけど、違う意味で、私も脱いだら凄いんです。
今日は一歩も外に出て居ないので、テレビに映る気温を見て暑そうだと思うだけ。毎日だらっとして動かずに、食べるを繰り返していたから太ったのか、去年着られていた上着が窮屈だし、同じくパンツのチャックも上がらず困った事になりました。三月に食事に行こうと約束しキャンセルした知人に、いつ会えるのか待ち遠しいです。
道を歩くときにふと昔親戚のお婆さんが言ってた言葉が頭に浮かんでくる事が、百人一首の「千早ぶる 神代もきかず龍田川 からくれないに水くぐるとは」不思議なことが多かったという、神代の昔でさえも聞いたことはない、龍田川がもみじを散りながして、深紅に水をしぼり染めにするとは。だそうです。
おばあさんが私に話してくれたのは、龍田川と言う相撲取が居て、町を歩いてるときに凄くお腹が空いたので、目の前にあるお豆腐屋さんに、オカラを食べさせてとお願いしたら、断られたので悲観して井戸に身を投げたんだとか。多分冗談だったと思いながらも、此の話は半世紀以上も忘れずに覚えています。
我が家のカレンダーに、今月の万葉集、五月のページには「春すぎて夏来たるらし白たへの衣干したり天の香具山」と書かれているけど、ちょっと違うなと思い、小倉百人一首栞を取り出し調べたら、「春すぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山」春もすぎて、もう夏が来てしまったらしい。采女{うねめ}が夏衣をさらして干す天の香具山にも、白い衣が、あの橋に干してあるよ。です。
夫と散歩中に一句でも覚えようとしたことが、今は懐かしい思い出となりました。子供の頃のお正月ゲームと言えば、家族でカルタか中学生くらいなら百人一首で、母の世代は得意分野らしく、上の句を言っただけで下の句を聞くまでも無かったです。今更のように、しみじみと百人一首栞のページを捲っています。
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