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M子の、M子による、M子のためのブログ

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今日、天皇・皇后両陛下のご即位を祝うパレードを、テレビで拝見して居て思ったのは、お祝いするのに沿道に集まった人々が幾重にも並んでるけど、後ろの人はお顔を見る事が出来なかったのでは、場所によれば車道との距離が遠くて、早くから陣取って良い場所でもお車だから、一瞬で通り過ぎられ大変だったことでしょう。

テレビで方角をかえながらの中継を、家で観てると楽ですが、やはり周囲の歓声を身近に聴きながらの感動は、テレビを観てるのとは違うような気がします。昔なら頭を垂れてお出迎えしてたのに、今日の光景は、スマホをかざす人々ばかりで、時代が代われば国民の行動も好き勝手にしても、おとがめなしの良い時代になりました。

私が子供の頃には、皇室のお祝いは夜になれば提灯行列が定番だった思い出が有ります。戦後の民主化が影響してるのか、皇室と国民の距離が近く感じられ、こんな時代が来るとは想像が出来ませんでした。六十数年前に昭和天皇が神戸に来られ、オープンカー?に立たれ、神戸市民に手を振られていたのが、夢のような思い出です。

戦前の日本の国は、今みたいに言いたい放題は許されずどころか、物言えば警察に引っ張られ、暴力やられ放題の怖い時代だったのに、現在は犯罪者の人権が守られ、被害者の人権を軽視されるおかしな時代になりました。時代の変遷をみてると、良い時も有れば悪いときも有りで、此れからも色んな時代を重ねて行く事でしょう。

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京都から近くに引っ越して来て、来月で丸7年になるのよと、今日姉に聴かされました。つい此の間の出来事だった気がしてたのに、当時の事を思い出しながら話したのは、動けなくなった義理の姉の面倒を看てくれてた彼女も大変だったろうし、お世話になってる姉も彼女の顔色を見る度に、ストレスが溜まり居辛かった事でしょう。

私から姉を引き取ると言えば角が立つと、口出しするのを控えていた矢先に、彼方から引き取って下さいと手紙が来て、渡りに船とばかり話がトントン拍子にはかどったお蔭で、今は親切なヘルパーさん達に恵まれ、姉の言によれば穏やかに暮らせてると満足してるようです。7年前は私も元気溌剌としてたので、良いタイミングでした。

帰りに近くのスーパーに寄ると、お買い得品の店内放送に惹かれ、トマトの箱入りや玉ねぎに人参、柿に牛乳と重たい物ばかりが籠の中へ、何処に行っても同じことをやらかしています。最近のルーティンになってる体重計に載れば5Kちょっとの重さに買わなきゃ良かったとは思わず、又同じ繰り返しでアホみたいに買う筈です。

道中で自転車からおりた中年女性が、私に向かい声を掛けて来ました。道を尋ねるのかと思いきや、何とかきょうかいだと名乗り「ご家族で困ってる事は御座いませんか、何か悩みをお持ちでしたらご相談にのります」と言われたけれど、一人で気楽に暮らし悩み事も無いので大丈夫です。と言いその場を去りました。悩みを抱えた顔に見えたのでしょうか。

今朝起きたら、壁に掛けてる時計の秒針が動いて居ません。椅子に座り暫くじっと見上げてたけど、動いてない時計を見るのは気分の良いものじゃなく、切れた電池を取り換えなくてはと思うだけ、直ぐに行動に移せなくなっています。電池交換をしようと思っても、簡単に台になる椅子に上れなくなりました。

先ず足元の装備に取り掛かる事に、圧迫ソックスで脹脛{ふくらはぎ}を絞め、次に膝サポーターでひざを支え、素足の方が安全だとソックスを脱ぎ準備完了、いざ椅子の上にと其の前に怖くて上るのを断念します。此のまま動かぬ時計を見るのは嫌だし重装備をし過ぎだと、ヒザサポーターと圧迫ソックスを脱ぎ捨てました。

身軽になったからでしょう、やっと時計を外すことが出来たので、新しい電池と交換したら秒針が時を刻み始めたけど、一難去ってまた一難、時計を元に戻すのにもう一度椅子の上に、溜息ばかり行動が伴わず此処までに一時間近く掛かりました。二・三年まえには簡単に出来た事が、必死で取り掛からなければ何も出来なくなりました。

自分の体が思うように動かず歯がゆいけれど、此れも老いの産物と諦めなければいけないのでしょう。先日は洗面所の電球取り換えでひと苦労したばっかり、そろそろ寿命が近くなってきた、冷蔵庫や洗濯機が動かなくなったら困るのが、街の電気屋さんが閉店したことです。直ぐに対応して貰えて、有難かったことを思い出しています。

先月予約していた、インフルエンザの予防接種に行き、序にお薬の調達も兼ねます。薬局で「お変わりは御座いませんか」に「病院で血圧を測ると低いので、お薬は要らないかと思い、家で測ったら平均値を大きく上回ってるので、降圧剤を飲まなきゃいけないみたいです」NOのポーズで「続けて飲んで下さい」

年末は混むので早めに来て下さいと、お薬を渡しながら言われましたが、もう年末の話かよと思いながらスーパーに向かうと、マイクを通し男性の声「トランプの言いなりになり、戦闘機を百機も買った」安倍批判演説をしています。スーパーの入り口でお婆ちゃんに「署名をお願いします」と台紙を渡されそうになりました。

買い物を済ませて外に出た時は、両手は荷物でふさがり署名をしたくても無理です。難なく通り過ごして停留所を目指し、到着したバスにそそくさと乗り込みました。マイクで演説してる男性が誰だか知らないのに、訳も分からず署名しろと言われ「はいはい」と書くほどお人好しじゃないし、外に出ると色んな事に遭遇します。

今朝は最初に本屋さんで姉に頼まれた買い物を、次に郵便局のATMで入金を済ませ、医院でインフルエンザの予防注射をした後、スーパーで買い物をちょっとだけと思ったのに、ずっしりと籠が重くなっていました。市営地下鉄、バスが、私営に代わったけど、高齢優待券は引き続き安い料金のままなので、気安く乗る事ができて本当に助かります。

先日知人から電話で何か欲しい物を送ってあげると言われ、煎茶が欲しいと言ったのに、今日届いた荷物にお茶は入っておらず、リンゴやミカンの他にケーキなどの食品が段ボール箱にぎっしりと入って居ました。いつも配達のおじさんが気の毒なほど重い荷物を抱えてたのが、さすがに今日は台車に載せての配達です。

ポカポカ天気の小春日和だから出掛けるつもりだったのに、怠け心が頭をもたげ行く気を無くし、だらっとしたまま家に引き籠り、洗濯機を回して干し、後はたたむで一日が終了。家事をするのが嫌なら、せめてお散歩して寝たきりにならぬよう歩こうよと思うけど、踏ん切りが付かぬ間に夜のとばりがおりています。

じっと座って居るだけじゃ無く、テレビに釘付けです。琵琶湖は何故大きいのかの質問に「水の出口が一つだけしか無く、流れ込む河川が12ほど有るのに、水の出口は大津市を流れる瀬田川しかないからです」今まで琵琶湖が大きいのは当たり前と、疑問に思った事が無かったので、質問できる人は凄いと思います。

元々琵琶湖は滋賀県ではなく、400満年前には三重県に有ったらしく、少しずつ移動してるとか、今は滋賀県だけど、いずれ日本海に行くのではと話されていました。大阪駅と新幹線の新大阪駅が何故離れてるのかの質問に「周辺の土地問題とか淀川に橋を掛けるには、建設費が高くつくので二つに分けました」なるほどね。

新幹線の車体の色を決めたのは、あるメンバーが会議中にタバコを取り出したのが「ハイライト」そこで思い付き青と白になったそう。名前も、太陽と希望が候補にあがり「のぞみ」に決定。食堂車が姿を消したのは、ニーズが少なくなった上にコンビニ弁当や駅弁の普及です。数十年前に何度となく利用した新幹線に、今は乗る機会がなくなりました。



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