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去年の秋に彼女と結婚し暮らす為のマンションを買ったと言う孫から、新居の住所が書かれた年賀状が届いたので、一枚だけ残しておいたハガキを出しに外に出ました。出た序に近くのスーパーで買い物を、帰宅して何気に財布の中を見たら、今日が期限のドラッグストアのポイント紙を見付け、再び歩ける目的が出来たと喜んで出掛けます。ほんの僅かなお得に吊られている自分が好きです。
最近は特に物忘れが酷くて、ポストまでハガキを出しに、序に足を延ばして近くのスーパーで買い物をした事をすっぽり抜け忘れています。ドラッグストアの帰りに近くのスーパーに寄り、ちょっとだけ買う積りが何時もの”買いたい病”が頭をもたげ、籠が重くなったのは多分「広告の品」の字を見たからでしょう。
年末に「姉が七草がゆが食べたいと言ってるけど、私は炊いた事が無いし」とボヤいたら、三日に来た息子が、フリーズドライの「春の七草」お粥に入れるだけの、簡単に作れる袋入りを持って来てくれました。お粥を作るのが面倒だと思っていたら、今日スーパーで見付けた、ご飯に載せ熱湯をかけるだけが売っていたので買いました。
私自身がご飯を炊かず、食べたい時はレトルトご飯を食べてるし、以前は農家でも無い娘が、お米を送ってくれていたので、自分で買った記憶がないのです。昔から一月七日の朝は、無病息災を願い七草を食べる風習が有り、行事が好きじゃ無い私は、面倒な事はしたくないから何事も避けてきました。きっとお気に召さないと思うけど、姉が好きな時に食べてくれたら良いのです。
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昨日娘から電話で「明日は一人でお寺にお参りに行くの?」息子達が来てくれたのに舞い上がり、夫の命日を完全に忘れて居ます。よくぞ教えてくれたと礼を言うと、「足元に気を付けて行ってきてください」今日も夫の遺影に手を合わせるのを忘れ出掛けようとして、コートを着た侭「あなたのお骨に会いに行きます」と告げました。
一人で遠い距離を歩けるかなの不安も取り越し苦労だったみたい、巧みに人混みを交わして普通にすたすたと歩く事が出来たので、此の調子だと春の旅行も夢じゃ無さそうです。今迄に「これが最後の旅」と何度も言って来たけれど、今度こそ最後になるであろう旅は、気合で頑張れば行けそうな気がしてきました。
信心深い人の列は切れることなくお寺へと続きます。いつもなら素通りする場所が気になり寄ってみると、お寺の情報が載ったパンフが置かれ、姉が喜ぶであろうと数種の印刷物を頂いてきました。離れた境内の池に、金色、マダラ、黒などの大きな鯉がゆったりと泳いでるのを見たのは初めて、此のお寺にこんな場所が有ったんだ。
一人だと飲まず食わずで家を目指しますが、メトロで天王寺から梅田に着き改札口を出た目の前が阪神百貨店、久し振りに大阪名物の豚まんが食べたいと店内へ、大勢の人でごった返し前に進むのが大変です。豚まんを手に地上に出ると、バスが発車間際で乗り込み居眠りしながら家路につく事ができました。
先日東京から帰省するとのメールをくれた孫の青年が、今日、父、姉と仲良く三人で東京土産の菓子箱を持参し来てくれました。就職した時は親と一緒に決めた住所だったのに、今は自分好みの少し広めの所に転居したと話すのを見て、幼さが消え成長した男の顔になったような気がします。
お正月だからでしょう、私には特別なネタと思われる”にぎり寿司”や果物などと、いつものように其々の好みの食べ物を持参し、賑やかにお喋りしながらの食事は楽しかったです。やせ我慢じゃ無いけど、偶に人と賑やかに過ごすのも悪くは無い気はすれど、やっぱり一人でいる方が気楽で良いと思います。
昔はラジオだけが唯一の情報源だったのが、今は家に居ながらにしてテレビやパソコンから映像が得られるので、退屈してる暇がないのです。分からない事が有ればスマホの普及で、世界中の情報を直ぐに知る事が出来ます。それに比べ昔の高齢者はうす暗い住居でひっそりと暮らしてたと思いきやさに非ず、三代くらいの同居は当たり前、嫁いびりと言う楽しい遊びがありました。
戦後に大きく時代が代わり、嫁姑の立場が逆転したようです。私自身はどちらの苦労もせずに済み暮らせてたのは、時代が代わったお蔭だと思います。大正生まれの夫は、明治時代の親を反面教師にしたのか、今でも珍しいと思うくらい子育てや家事を手伝ってくれていました。老いるにしたがい日がな一日思い出を繰り出し、懐かしむ日々がいつまで続く事でしょう。
元旦に年賀ハガキが来てるだろうけど、エレベーターで下まで取りに行くのが面倒で、今日、郵便受けを見に行くと、数少ないハガキが輪ゴムをはめられ入っていました。知人から届いた添え書きに「敷地内で転倒し、靭帯が傷付きました。足元に気を付けて下さい」庭付きの家に住んでる人に、転倒事故が多いようです。
父方の百歳近くで亡くなった従姉妹も、庭で転倒し腰の骨を痛め長期入院してたのを思い出しました。私は外では歩けても家の中でよろけ、あちこちの柱や壁にぶつかり痣だらけです。転ぶときはほんの少しの段差につまずき、思いっきり派手に転ぶので、おでこを切ったり歯が欠けたりメガネも壊れます。何故か骨折をした記憶が有りません。
先日、下駄箱{シューズボックス}の上に置いてる、布で作られた地球儀の真ん中がぱっくり開いた中に、ミッキーマウス、ミニー、ドナルドダックとか四つの縫いぐるみが入った蓋部分の上の英字を私なりに判読しました。グランドオープンニング セプテンバー 4 2001 東京 ディズニーシー と書かれているみたいです。
ディズニーランドが大好きだった、今は亡き息子の妻から貰ったお土産ですが、癌の宣告を受け、もう一度行きたいと望む彼女と共に旅行社に申し込みに行き、楽しみにしてたのに、数日後に容体が悪くなりキャンセルせざるを得なく、今でも心がいたみます。旅行の好きな彼女に頂いたお土産が、玄関、廊下、キャストの上に置かれ、在りし日の彼女の面影を思い出すたびに涙が溢れます。
新年あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願い致します
お陰様で何事もなく穏やかな新年を迎える事が出来ました。
老体を宥めつつ完全にボケない限り、今後も戯言を書いていくつもりです。
此れからもお付き合い下さるよう お願い申し上げます。
子供の頃のお正月と言えば、母が新しく買ってくれた肌着を枕元に置き、元旦の朝に着替え、新しい下駄をおろしたりしたものです。今みたいにスニーカー{運動靴}は履かず、普段の生活は大人も子供も下駄を履いていたので、下駄を買ってもらのが嬉しくて、遠い昔が昨日の事のように懐かしく甦って来ました。
いまは生活様式がごろっと変わり、快適に暮らせるようになったけど、不便な事も有ったりで身勝手な注文が多いかも。時々姉との会話で「いい時代になるまで、生きてて良かったね」って、知らない侭に天国に旅立った人達には、お気の毒と言うしか無いのです。昭和・平成・令和まで生きられた事に心から感謝しています。
平和な時代が続きますように、皆さまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
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