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M子の、M子による、M子のためのブログ

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近頃なぜか一日中ほとんどの時間、目を閉じてるような気がして、その流れで夢を見てる内に、ハッと目が覚めれば朝なのか夜なのか、時間の感覚が有りません。本人がボケに気付かぬうちに、ぼっちりぼっちりと彼の世に近づいて行くようです。昔から棺桶の蓋が閉まるまで、自分の人生は語れないと聞かされていました。

最近のニュースでまさかと思うような人が、スキャンダラスな事件で世間を騒がし、連日テレビで放映されてるのを見ると怖いです。有名にならなくても良い、お金持ちにならなくても良いから、普通に日常生活が営めれば言うこと無しなのに、一時期を優雅に暮らしてても、転落人生ほど惨めで辛いことはないと思います。

上を見れば切が無く、下を見て底まで落ちたくも無し、そこそこの所で踏ん張る人も居れば、とことん落ちて行く人も居るようです。私の長い人生経験から言わせて頂けるなら、人生には思い掛けない所に誘惑と言う落とし穴が有ります。諺にも「前車の轍{てつ}を踏むな」「轍」とは車のわだちのことです。

前の車の轍のあとを後ろの車が辿ること、前の人と同じ失敗、経験を繰り返すなと言うたとえですが「人の振り見て我が振り直せ」と同じだと思います。自分に大した能力も無いのに過信して、お金が有れば有るだけ無計画に使う人は、いつか地獄を見るのです。余計なお世話だけど、芸能人は問題を起こした先人達を、反面教師にすれば良いのにね。







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先日、孫娘からメールで、五月五日に父と伺ってもいいですか?に、どうぞと返信しましたが、毎年亡くなった夫の誕生日に来てくれるのは、改まって母の日に来るのが照れ臭いから?さり気ない感じで来てくれてるようです。お持たせのケーキは分かっていても、もう直ぐ孫娘の母が亡くなり十一年目の命日がきます。

孫娘の母にお供えのケーキを買う事に、ケーキ屋さんで日持ちのする真空パックされた物を買いました。人気店だからか、次々とお客が入れ代わり立ち代わり繁盛の様子。客の女性が「母の日に渡す、お薦めのケーキを宜しくお願いします」の声に、関係のない私がなぜか嬉しくて、心の中で優しい娘さん{嫁?}に拍手を。

時々ニュースで、亡くなった親をミイラになるまで放置してたとか、有り得ない事だとビックリしてた時だけに、この女性は母ばかりじゃ無く、誰にでもに優しいんじゃないかと勝手にほっこりしています。最近は親子関係ばかりじゃ無く、祖父母や兄弟の中も殺伐としてるような気がして怖いです。

普通、赤ちゃんが誕生したら家族は喜び、可愛がり育てた筈なのに、成長する過程でどう間違ったのか、とんでもない凶悪犯に変身して行く姿を、誰が想像できたでしょう。子は親の背中を見て育つと言うけど、そうとは言い切れないと思う事があります。私は良い星の元に生まれたのか、宝くじに当たるよりも、幸運に恵まれているようです。





家に籠りっきりで外を見ていないから、雨が降って居たのかも知ろうともせず、相も変わらず朝からボ~っと椅子に座っていたけど、さすがに生きてる意味がないと思い、洋間を片付けようと立ち上がりました。私がやらなきゃ誰がやると声に出しながら、高く積み上がった段ボール箱を廊下に出した時点で一休みです。

若い時のように一度でサッと片付く筈もなく、椅子に逆戻りしてひと息いれてから再び作業を開始します。玄関先から廊下を占領した箱を、適量ずつリビングに引きずり入れ、段ボール箱を解体して平たくするのが大変で、紙として出すのに、荷物として送ってくれる人は素人だから、ビニールテープを貼りまくってるので、剥がす手間と時間が随分かかりました。

中には機械物に入ってる緩衝材も結構な量だったので、全てを処分したら洋間がスッキリとした気がします。後は紙収集所に運ぶだけ、でも今は自分一人の歩行がやっとこさっとこ、持って行くのが大変です。他にも動きの怪しい電気時計とか、携帯ラジオや夫の電気髭剃りなどの小物類が数個有り、見た目は新品だけど捨てる事にしました。

書類入れの中から出て来たのが、身近な英語「とっさのひとこと 英会話」必携、と言う文庫本サイズ、日常会話なのにしゃべれない人、辞書にものっていないとっさの表現。買った本人が忘れてる物で、ページをめくると確かに役に立ちそう、日常会話もおぼつかない私には到底無理と思うけど読もうとしています。裏表紙に、文具発信ダイソー、多分100均で買った本でしょう。

携帯を開ける度に気になるのが、先日いらんことをした待ち受け画面です。どうせ暇を持て余してる身なので「各種設定」から画面を選び、順を追い先に進み、行きつ戻りつしながら試行錯誤の末にやっと以前の画面を出すことが出来ました。ところが中心に大きく時間表示が出て、折角出した下絵表示の邪魔をしています。

悪戦苦闘すること30分余り、長年馴染んでた見慣れた待ち受け画面を再開することが出来ました。此の時に「為せば成る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」をふと思い出し、最後まで諦めずにやって良かったと思うのは、ガラケイの携帯を開ける度に、絵の上に大きな時間表示が気になり嫌だったからです。

余談ですがこの言葉を調べました。江戸の後期に米沢藩主、上杉鷹山公{うえすぎようざんこう}が家臣に送った言葉で、現代のビジネスマンや起業家の行動の原理原則としてマッチした言葉です。強い意志を持って物事に当たれば、必ず成就すると書いてありましたが、簡単に言えば「当たって砕けろ」じゃないでしょうか?。

暗殺されたアメリカの、ケネディー元大統領が来日した時に、日本で尊敬する人と名をあげたのが「上杉鷹山」だと言います。何故かと言えば、鷹山の英訳本は、新渡戸稲造の「武士道」と、内村鑑三の「代表的日本人」が出て居るからです。やればできる、やらねばできない。努力しても出来ない事も有るけど、失敗しても、良い経験になるから、何もしないよりは良いと書かれて居ました。

歳を取ると昨日の事は忘れるのに、幼い頃のことを鮮明に思い出したりします。先日も姉との会話で、五歳くらいの時に母が私一人を連れ、姉と兄を残し父と別居した時期があり、当時のことを覚えていないだろうけどと言われましたが、衝撃的な事は幼いながらも脳裏に焼き付いて忘れることがないです。

昔は人に対しての差別が今じゃ考えられ無いほど酷い仕打ちで、幼いなりに目に余るものがありました。一番はお巡りさん、浮浪者と見れば衆人環視の中で殴る蹴るは日常茶飯事、現在の腰にピストルとは違い、サーベルを下げていたけど、さすがにサーベルを振り回してる姿は見たことが無かったです。

次に学校の先生が子供の目から見ても、あからさまに差別して居た気がします。今なら何とかペアレンツとかで問題になりそうだけど、自分の好きな子を誰が見ても贔屓にしてると分かっても、先生は平気だったし、自由に物が言える時代でも無くて、貧富の差も有ったから、小学生でも住み込みで働くのは当たり前、それは口減らしの為でした。

数十年前に私より年齢が上の女性が、文字の読み書きが出来ないのを見て驚いた事が有ります。私は勉強があまり好きじゃ無かったけど、学校に行かせて貰ったお蔭で、嫌々でも色んな事を学ぶことができたし、人とのお付き合いも其れなりに、恥を掻いても最小限にとどめ、平穏な日々を送ることが出来て今は親に感謝です。

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