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M子の、M子による、M子のためのブログ

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普段の私の動きが活発だったのか、六十代あたりから実年齢より若く見られていたのに気を良くしていました。今は四捨五入して九十才と言われてるから、どんなに贔屓目に見ても八十才です。八十と言えば超高齢もいいところ、オーストラリア旅行の電車の中で、数人の人が席を譲ろうと立って下さったのが分かります。

自分ではまだ若いつもりが、悲しい事に傍目には完璧なヨボヨボのお婆さんにしか見えないのでしょう。年齢と共に坂道を転げ落ちるように体が衰えると、先人達から聞かされ知って居た筈です。親戚の女性で長生きしてても、寝たきりで言葉も話せなくなってるのを見て、私は現時点で自力で生きられてる事に感謝しています。

若かりし頃は、普通に生活できて当たり前だと思っていたのが、体のあちこちで神経痛のような痛みが走り、二日ほど経つと嘘のように治まり、忘れた頃に場所を変えてまた痛みだすの繰り返しです。何処かが痛みだしたら、痛みと戦ってる間は退屈している暇がなく、時々気合いを入れられてるんじゃないかと思います。

毎日のように色んなニュースを見て、ショッキングな事があれば、驚いたり悲しんだりと、其れにしても此れが日本で起きたことかと、余りにも刺激がつよ過ぎて付いて行けない感じです。戦争は無くなったけど、本当の平和はいつ来るのでしょうか?昔人間には理解に苦しむ事ばかり。今夜も老婆の繰り言で更けて行きます。

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先日パーマをあてに美容院に行き、帰る道すがらの写真館の前で足が止まりました。店頭に飾られたご家族の何かの記念写真でしょう、店頭に飾るだけ有り皆さん良いお顔をしていらっしゃいます。店内を覗き見たけれど人影はなく、入ろうか辞めようかと暫く二三歩行ったり来たりした挙句、店内に入る事が出来ませんでした。

以前に此の写真館の立て看板に「遺影を遺されては」とか書かれていたの見たことがあるので、美容院で綺麗にして頂いた時に、写して置けば亡くなった時に慌てずに済むと思ったからです。今迄は証明写真だから顔ばっかりって感じで、アップに耐えられない顔だけに、とてもじゃ無いが遺影には向かないと自覚しています。

証明写真は最近のを要求され、二枚一組だから手元に一枚残るので、夫や息子達家族の写真と同じ場所に、私のでかい顔の写真を紛れこませてるつもりが、なぜか一番目立ち、毎朝亡き人達に手を合わせる度に、私の顔が迫って来るような気がして嫌だったのが、最近になりやっと自分の顔に見慣れてきました。

未だ死と関係が無いとき、夫との会話で「どちらかが亡くなった時の遺影はこれにしようね」と選んだ写真が有ったのに、突然の死を前に気が転倒してたのか、何でこんな写真を遺影にしたのかと今でも後悔しています。常々娘から「遺影の写真に目印を付けといてね」たぶん目立ってる、でかい顔を選ぶんだろうなって、生きてる人のなすが儘になりそうです。

十年以上前に買った胡蝶蘭の白い花が、四月一日に四つ咲きそろいました。今も散らずに誇らしげな姿で、私の目の保養をしてくれています。ふと「花の命は短くて、苦しき事のみ多かりき」林芙美子の放浪記の一節が頭に浮かんで来ましたが、なかなかどうして短いどころか、うちの胡蝶蘭すごく元気に咲いてますけど~。

彼女は1951年に亡くなっていらっしゃるから、胡蝶蘭の存在をご存じなかったのでしょう。どなたかが書かれてる文に、放浪する主人公の生活苦を綴った貧乏小説で、日記のような短文から放浪記がうまれた中の好きな一節が、生きている幸福は 波間の鷗のごとく 縹渺とただよひ 生きている幸福は あなたも知っている 私もよく知っている 花の命は短くて 苦しき事のみ多かれど 風も吹くなり 雲も光るなり。です。

悲しいけれど前向きな詩である。生きてるからこそ 花の命を嘆く事ができ、人生は太く短く雄々しくなくては、林芙美子の事を、小説家としては随分醜いところもあったようだけど、彼女の紡ぎだす言葉は力強いと結んでありました。放浪記は彼女が生きた1903~1951年の47歳で亡くなるまでの短い人生の一コマです。

此の文を読んでる途中で、縹渺の字が読めなくて、読めないから意味も分からず、日頃愛用してる辞典を手に取り探したら「ひょうびょう」と読み、かすかではっきりしない様子。はてしなく広い様子。字画から探すのは大変なので漂{ひょう}を頼りに探したら、案外早く見つけることができました。私は生まれも育ちも生粋の日本人なのに、知らない事だらけです。

日本の古くて本来ならば遺産として残さなければいけない建物が、壊されて行くのをテレビを見て知りました。建物を維持するよりも、建て直す方が安く済むらしくて、惜しまれつつも取り壊されて行くようです。其の時、解説してる人の「クラウドファンディング」が何とかと、言ってる言葉が気になり始めます。

分かる人には通じるのでしょうけど、英語で表現されると此の人は何を言ってる居るのだろうと、高齢の私に話の内容が入って来ません。何時ものようにパソコンで検索を「ネットでワンコインから参加できる支援の輪」拡大するクラウドファンディング市場。とか、クリエーターや起業家が資金調達する手法として、世界中で注目されている。と書かれて居ました。

難しく英語で語らなくても、敵國の言葉はいっさい禁止だと言われ、教育された時代に生きて来た者に、英語で言われても通じるわけが無いのです。今時の人はスマホを持ち、疑問が有れば直ぐに調べる事が出来ますが、私が持ってるガラケイでは検索不能と思われます。余りにも聞き慣れない英語が多いので、私なりに手段を考えました。

数年前から誰かが話す理解できない英単語の横に、調べて訳したものをノートに書き込み、同じ言葉でも覚えてなければノートを見ます。最近よく聞く「クレプトマニア」{窃盗症}とか「ルーティン」。フレキシブル{臨機応変}は覚え難かったのかページをかえ二度も書てたり、何度読み返しても記憶に残らない言葉も有るので、今後も悪戦苦闘の日々が続きそうです。

昔はこうじゃ無かったと思いながらも、何時の間にか夜型人間になってるようです。夜になって来たら目がランランとまでは行かないけれど、何かをしなくちゃ~と動き始めた今夜の仕事は、ガスコンロの上に取り付けられた、換気扇の金網に貼り付けてるレンジフードのフィルターの汚れが目立ってきたので、取り換える事にします。

フィルターを取り付ける前は、金網が汚れたと気付いたら綺麗に洗って居たのに、最近はフィルターを取り換えるだけにしていました。じっと見れば金網も汚れてるので、取り外して買い置きのマジックリンで何度も洗い流したけれど、此れまでサボった分だけ頑固な汚れは簡単に落ちてくれません。後は金網が乾くのを待ち取り付けるだけです。

椅子に座ってぐるりと見渡せば、リビングの白い天井や壁紙もくすんでるようだし、床に貼られた敷物もヤバくなってきました。以前住んで居たマンションのリビングのPタイルが滑りやすく危なかったので、私一人でフロアークッションに貼り替えた事が有り、其れを気に入りマンションを買ってくれた人が居て、少なからず自信を持ったりしています。

今も壁紙は丈夫そうだから拭けば綺麗になるかな?とか、床を貼るのには年齢を重ね過ぎているので、ホームセンターに売ってる四角の置くだけの敷物を買ってこようかと思いを巡らせながら、重い腰が上がりません。あれこれと考えてる内に此の世から居なくなってたりして、と悩んでいらるのは生きいればこそです。

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