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二日目はガイドさんの運転する車で市内観光です。昨日行ったクイーンビクトリアマーケットだと言い連れて行かれたけど、クリスマスでお店は無くトタン屋根?と思われる場所は屋根だけを残し何一つ置かれずガラ~ンとした地面だけが見えていて、昨日の賑やかさがウソのようでした。次に向かったのが、フリンダースストリート駅の駅舎とか戦没者記念堂{日本の靖国神社}です。
綺麗な讃美歌が聞こえて来た、セントパトリックス大聖堂に入ったら、多くの信者さんが椅子に座りお説教を聴こうとしてる所だったので、教会をでることにします。ガイドさんが必死でコーヒーショップを探してるけど、あいにくクリスマスでお店が閉まっていて、やっと三軒目で開いてる店でコーヒーを、コーヒーとは別に熱い湯が入った器が共に、コーヒーをお湯で適当に薄めて飲むのです。
午後からは自由行動だから、私達二人は無料のトラムであちこちと回ります。大きなショッピングモール前の歩道に、銅像が有るけど誰のかなと思った途端に、体制が変わってるのにビックリしながら近づくと、帽子・顔・服・靴と全身を銅色にした人間が前に置かれた入れ物に、お金を入れると少し動いてくれるようです。
大人がお金を入れると少し動くだけ、子供が入れるとオーバーに動きながら手を振ったりして、子供連れのお母さんは大変、お金を入れると色んな動きをしてくれるのが面白いから、子供にお金をせがまれています。オーバーアクションをしてくれるからでしょう、随分稼いでいるようでした。ただ道端でうずくまってる人の稼ぎは少なそうです。
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タクシーを乗り継いで関空に着き、手続きを終えて取り敢えずラウンジに向かいました。搭乗して直ぐに機内食が出るので、飲み物を少しだけ頂き搭乗時間の来るのを待ってると受付が始まり、機内へ入って行きながら見ると、其々の座席横の幅広いカウンター上に置かれた可愛い柄の化粧ポーチと、リボン付きのTシャツらしき物が置かれています。
帰りの飛行機には化粧ポーチだけだったから、あれは特別にクリスマスのプレゼントだった気がして、何だかラッキーって気分です。先ずシドニーに着いた後に、乗り継係員に案内され、空路、目的地のメルボルンに到着です。時間の都合で荷物だけホテルに送って貰い、自由行動で「クイーンビクトリアマーケット」に行きました。
翌日がクリスマスだから街中の商店街はお休みになると聞いて居たので、名前だけは立派なマーケットに行くと、広範囲の面積に割とお粗末な屋根が有るだけの吹き抜けで、果物・靴・帽子・衣類・時計・飲食物などの店が雑多に並び、観光客を加えてとても賑やかで、歩き疲れるほどの広さです。
街の中を縦横に走る電車{トラム}を乗り継ぎ、街を散策しながら驚いたのが、この電車は市内なら誰もが無料で乗れ縦横無尽と言うか、直ぐ乗れる距離に電車が通ってることです。通勤する人に車を使わなくても便利なようにとの説明を受けたので、私ら観光客も恩恵にあずかり、何度も乗降させて頂くことができました。
今夜オーストラリアから、何とか無事に帰ってくることが出来ました。今回は超高齢者の私にはきつい旅だったようで案の定、履き慣れてる筈の靴なのに中の指が悲鳴を上げたので、鼻緒付きの履物を調達して靴と交互に履き、痛みを少しだけやり過ごすことが出来ました。帰国後にガラケイ故のメールが溜まって居ます。
オーストラリアの象徴でもある、コアラやカンガルーには一切お目に掛る事も無く、街を観光しただけで過ぎて行きました。ハエが多いと聞かされてたのに、一匹も姿を見る事が無かったし、ネットで調べた時に、必需品として日焼け止めに帽子とサングラスと有ったけど、殆どの人は無防備な恰好で歩いてたような気がします。
夏だから暑いと言われて居た割には、乾燥して湿気が無い上に常に強い風が吹いてるので余り暑さを感じませんでした。何処の国に行っても、その国の特徴があるようなので、日を追ってボチボチと書いて行くつもりですが、写真は同行してくれた孫が撮ってるので、暇な時に来てもらいメモリーを入れてくれるよう頼んで居ます。
いくら頑張っても歳には勝てず、足元が言う事を聞いてくれないのと、記憶力の低下で物忘れが酷くなってきました。旅の徒然を思い出すままに書いていきたいと思うので、読んで頂けたら嬉しいです。取り敢えずは帰国のご報告まで。
今日は朝から出す枚数が少なくなった年賀状の表書きと、裏の空白に少し言葉を添え、ポストに投函して来ました。留守中に突発的な事が有った場合に備え、一人暮らしの者が応答無しと、騒ぎが大きくなっても困るので、一応管理人さんにもお願いしたので、此れで安心して旅に出かける事が出来そうです。
娘からは交通が止まった時の対応に備えるようにと、何べんも電話が掛って来ます。携帯の充電も忘れないようにねと言われて、もう掛って来ないだろうと思い、今夜の内に充電を済ましたのにマナーモードのブルブル音が、見たら「電話です」の文字が出て、今度は息子から「いよいよ明日はオーストラリアやね」あ~充電したばっかりやのに。
此の子の電話がまた長いのです。もう誰からも掛かって来ないと思い充電したのに、まさかの電話に、なんでやねん!とも言えず、半分死にかけてる老母を気遣っての電話を有難く拝聴しました。普段から持って行く物をボチボチと集めてキャリーバックに詰めたので、後は関西空港で手続きを済ませ、飛行機に搭乗すれば良いだけです。
悩みの種は靴、一日だったら平気でも、数日同じ靴を履いての行動は無理だと思うので、一時しのぎの靴をまた買わなきゃと思います。息子からのアドバイス「免税店の人は、外人だけど日本語が話せるから」と言われても、免税店で買わないし、買うとしてもお菓子位だからに「おみやげは要らんから、買わんといてよ」そんでも少しは期待してるだろ?って思う訳です。
と言う事で、明日から六日間ブログを書く事が出来ません。帰国したら旅の思い出を綴りたいと思うので、待ってて頂けたら嬉しいです。
先日、姉から頼まれた「曽野綾子著 夫の後始末」の本を、本屋さんに取り寄せて頂くようお願いしてたので、入荷してるか尋ねると、入り次第配達しますと言われて、旅行に行くので後は宜しくと取り敢えず代金を払い、序に私用の大阪市内のマップと年賀状を書く筆ペンを買いました。使えなくなったプリンターは、無用の長物でしか無いのです。
壁に貼ってる世界地図は、ニュースで話題になった時、ルーペを片手に何処らへんの国かと調べるので、割と把握してるつもりだけど、60年以上住んでる大阪市内の区の位置が未だに分かりません。今更買っても遅いと思いながらも、買う事にしました。大きな一枚の地図を広げたけど、何の目的も無く漠然と見るには字が小さすぎます。
もう一枚入ってる大きい地図は何だろうと見たら「キタ」と書かれ、大阪駅周辺に色んなビルがたくさん建てられているのを分かり易く名称が書かれ、迷子にならずに目的地に行けそうです。北から難波に延びる御堂筋、四ツ橋筋を横断する阪神高速環状線と、阪神高速池田線の出入口は、車を運転する人には便利だと思います。
裏面には「ミナミ」と書かれ、大阪人に親しまれてる、心斎橋商店街を南に行くと突き当りが難波の高島屋。隣接してる、和歌山行き・高野山行き・関西空港行き電車の南海難波駅が有り、昔の地図には無かった高速道路の線が目立ちます。八百八橋の歌詩で有名だった筈の川が影を潜め、何時の間にか高速道路に変身してるのには驚きました。
先日、娘と電話のやり取りで、空港に行くのに南海電車が事故で不通になった時の対処も考えとくようにと、難波からJRも出てるらしいけど、駅が何処に有るか知らないと言ってたら、今日買った地図に大きく「JR難波駅」と書かれた文字を見付ける事が出来て、何気に地図を買って良かったと思って居ます。
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