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M子の、M子による、M子のためのブログ

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昔から「女は三界に家なし」と言われてきました。「三界」とは仏教の言葉で、欲界、色界、無色界の事。すなわち全世界を指し、此の広い世の中に女が安住できるところが無いと言うのです。若い時は父に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従うと言われて来たために、自分の住む家が無いとされてきました。

今はどうでしょう、男尊女卑と言う言葉も死語に近い気がするし、男性の発言力が弱いのは周知のこと、今の時代に「女は三界に家なし」と言ったら、時代錯誤もはなはだしいとバカにされそうです。時代と共に女性の立場が認められるようになり、私も今の時代まで生きてて良かったと思っています。

先日も知人との会話で、何だか長生きして申し訳ないわって言うと、あなたは自立してるから良いとお墨付きを頂きましたが、普段から人知れず気を遣いながら生きてるからか、心の片隅でホッとしています。毎晩眠る前に必ず夫に話し掛けるのは感謝の言葉。子育ても老後の暮らしも、夫が居てくれたお蔭だと思うからです。

結婚してからお互いが支え合って来たのと、人との巡り合いと言うか私との相性も良かった気がします。嫌な相手なら早い離婚も悪く無いけど、元々は他人なんだから上手く行けば儲けもの、長年一緒に暮らして行くには、或る程度の我慢も必要かと思う訳で、私は今が一番幸せだと言いたいだけの話です。





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ブログに書く事が無いのでどうしょうと、何気にマウスの汚れが気になり指でなぞって居たら、音と共に下方に文字が「音声で伝える」冗談じゃ無い、なんでやねん!とばかり文字の上をクリックしました。さ~記入しよとしても受け付けてくれなくて音声が流れ始めたのが、このブログに関する全ての説明です。

音声がやむまで黙って聞くしか無く、じっと画面を見つめて居ました。時々漢字変換が違ったりするので、消したり書き直したりすると、ポンポロンの音の後に、右下に「間違うんじゃね~」とばかりの忠告文字にドッキとさせられるのは常習の事です。其の度に「若者じゃないんだから、大目に見てよ」ってPCに向かい呟きます。

もう少し若い頃は学ばなきゃ~って思ってたのに、今はまるでお仕事のように気付けば、椅子に座った侭の姿勢で眠っていて、今日も一歩も外に出ていません。意識的にキッチンとリビングの往復を繰り返したり、数か月ぶりに空気が抜けかけたバランスボールとじゃれ合ったりして過ごしていました。

私がボケれば周りに迷惑が掛ると思い、ボケ防止の為に姉から貰った月刊誌を読もうとしたら、睡眠薬代わりの役目を果たすかのようにぐっすりと夢の世界です。認知症の予防に、毎日水分を一㍑半飲んでると、既に認知症になってる人にも効果が出てると言うのを聞きました。私はいっぱい飲んでるから大丈夫だと思います。

宣伝文句に弱くて、耳に入って来るコーヒーや野菜ジュースにチョコレートなど、良いと言われる物を口にしてるので、超がつくほど長生きしてるようです。

玄関のチャイムが鳴り、アイホンの画面を見たら見知らぬ男性が「はい」の返事に「お隣のお風呂と洗面所の工事をするため、ご迷惑をかけるのでご挨拶にあがりました」他に何か言ってるようだけど、新聞受けに何やら突っ込んで行くのが見えたので、新聞受けを覗きに行くと工事会社の宣伝パンフレットと手拭いです。

我が家の給湯器交換と、浴室のカワック工事をお願いした同じ会社ですが、私が知らない内に、両隣のお家に挨拶に行ってくれてたのかなと思いながら、工事の騒音は隣じゃ無く、階下に住んでる家に響くのにって思いました。年末に二階下の人から、洗面所と台所工事で喧しくて御免なさいと言われたばかりです。

住み始めて二十数年も経てば、そろそろガタが来たのでしょう、リホームをするお家が増えました。拙宅の給湯器やカワック工事の時は別々にしたので、どちらも一日で工事が終わり、何の支障もなく済みましたが、他家の工事は五日間程かかると言ってるのを聞き、大掛かりな工事をなさるのかなと想像しています。

我が家も綺麗にして住みたいのは山々なのに、金銭的に誰にも迷惑を掛けないしと思っても、もう直ぐ逝く者が何を言ってるんだと思うのか、周囲が認めてはくれずに、勧めるのは断捨離ばかりです。若くてもポックリ逝く人も居れば、百歳過ぎてもピンピンとしてる人も居るので、自分の寿命がわかれば諦めがつくと思います。





厄年って言葉を聞いても全然関係が無いなって、男性は25歳、42歳、61歳が本厄らしく、女性は19歳、33歳、37歳、61歳の数え年だと書かれてるのに其の先が無いのです。幸い高齢になったら厄から見放されてるのは良いとして、色んな物から仲間外れにされてる気がします。

昔は80歳くらいで此の世を去れば、大往生でおめでたいと言われていました。常に孫から四捨五入すれば90歳と言われるまで生きてることが、とんでもないことなのかも。生きてる本人が、まさか此処まで生き延びるなんて想定外のことです。長年の間に厄年が訪れたのだと思うけど、あえて気にせず過ごしてきました。

最初にマンションを買った時、親戚の者から引っ越しをする方向が悪いと言われて、まったく信心気が無い私を無理やり厄除け神社に連れて行かれたのを、今は遠く懐かしい思い出となりましたが、その後の転宅は厄払いをせずとも、災難らしく事もなく平穏に過ごしてるので、信じるか信じないかは個人の気の持ちようだと思います。

厄年は年齢的に人生の節目と言われ、健康に気を付けたり、就職、結婚などの新しい事を始めてはいけないと言われてるけど、科学的な根拠がないのに、何故か厄年を気にする人が神社仏閣を訪ね歩いてるようです。私は突拍子もない災難が降りかかった時が厄年だと思うので、棺桶の蓋をかぶるまでは油断が出来ないと思っています。

今日はドラッグストアで買い物をすると、買った金額の5%が割引になる日で、此の日を逃すものかと、膝の薬や化粧品などを買ったら結構な金額になり、何時ものように何かをしとけばお得だと言われ、取り敢えずお任せすることにしました。数日後の4日間に使える一点だけ10%引きの割引券を貰ったので、お得になる膝の薬を買いに行くつもりです。

今日、膝の薬を買ったばかりだけど、一日三回三錠ずつ飲んで丁度一ヶ月半でなくなります。ただ買ったは良いけど飲まない内に死んじゃったら、後で誰が飲んでくれるのだろうかと心残りで、口にする薬だけに誰彼かまわず飲んでとも言えず、捨てるには七千円ちょっとする物だから勿体ないなって、此れが執着と言うのでしょうか。

今までに何度も、もしも飲まずに死んだら勿体ないと言って来たことか、ホントにバカじゃないのと思います。夕方、姉からのメールで本屋さんが届けて下さった文庫本が読んだことが有ると、交換して欲しいと言ってきました。本屋さんで買った時、読んだ本なら直ぐに交換に来て下さいと言われています。

何故か西村京太郎の本が好きらしのは良いとして、今まで買った物を本屋さんが記録しておくべきだと主張しますが、本屋さんも其処まで暇じゃないと説明しても聞く耳持たず、明日交換しに行かなければです。色んな用事を作って強制的に歩かせていただき有難いと思うように、全てポジティブに捉える事にしました。



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冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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