M子の、M子による、M子のためのブログ
息子の死を期に、何故か焦り出しています。滅多に触らない洋間の引き出しをリビングに持ちだして、中の整理をし始めたら記憶に無い色んな物が出て来ました。子供のへその緒とか母子手帳など、即捨てようとした手が何故かとまります。
息子の勤め始めた時から数年後までの、給料明細が出て来たけれど、今は懐かしがる人は此の世に居なくなり、捨てる事にしました。忘れた物達の出現に驚いたりしながら、一個の引き出しの大半を処分するまでの時間は長かったです。
新品で捨て難い物を未練たらしく段ボール箱に入れてた物を、訪問した孫に見せると、喜んで中の数品を持ち帰ってくれました。各所を整理する度に捨てがたい物が出て来るので、遺品整理屋さんに任せっぱなしも如何なものかと思っています。
時代遅れの現在の悩みは、瓶のラベルが簡単に剝がれない事です。先日ドッグストアで見本ですと渡された小瓶に、冷やしてお飲みくださいのラベルを剥がし、ガラス瓶回収に出そうとしたら簡単に剥がれた裏に「はがしていただきありがとうございます」の文字が、どの瓶もこうしてくれたら有難いです。
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息子の葬儀を終えた日から、私としては珍しく食欲を無くしたからか体重が二キロほど減りました。息子は既に高齢者の仲間入り、葬儀場まで私が一人で行くのは難しいと案じたのか、喪主の孫が早朝にタクシーで迎えに来てくれました。
私達二人が葬儀場に到着した時は、係の女性が扉のカギを開けるところです。納棺された息子と初めて対面した後、暫く待つようにと言われます。待つ間に”おくりびと”らしき女性が、死人の姿を整えてくれてる様子です。再び招かれた時は、最初に見た顔や衣装が奇麗になっていました。
身内だけで見送ろうとしてた筈が、遠くから来て下さった人達が居て、焼き場までは身内の数人です。高い煙突が建ってるのかと思いきや煙突らしき物は無く、時代が代わると共に焼き場も近代的になったんだと思いました。
待つ間にお茶でもと、車で向かった先は大きな喫茶店です。メニューを見て注文するのに、食品画面に付いた番号を告げるらしくて、頼んだ物を運んできたロボットが何か言ってます。珍しい光景と思いながらも、食器をテーブルに置くのは客です。やっぱり、今の時代に着いて行けないな~。
自分でも呆れるのは、時々意識が朦朧とする事です。毎晩孫娘に生存確認のLINEスタンプを今夜の送信する時間が遅れた~の思い込みが有り、彼女に心配させちゃ悪いと慌て「気付くのが遅かった」云々の言い訳と共に、スタンプ送信した後に気付き見たのが、セットしてるアラーム音の数分前でした。
何でチャイム音が鳴らなかったのかと、アラームを確認すればスマホは一分一秒も違わず鳴らそうとスタンバイ中で、今夜の分はは直前にキャンセルし、明日のアラームセットをし直しました。こんな間違いは二度と起こさないと、神に誓ってもたぶん無理だと思います。
日頃から若者がスマホでタクシーを呼んでる行為が羨ましくて、私も挑戦しようとしたけど、アプリを〇〇して下さい・・・・後は専門用語が壁になり、前に進むことが難しく私には無理です。年々時代に取り残されそうでも、残念ながら付いて行けなくなりました。
今日は凄く良いお天気、敷布や掛布を洗濯した序に、布団乾燥機の出番です。やる時はやる働き者だと自画自賛、寝具が奇麗になりました。此の調子で働きゃ良いのに、根が怠け者なのか動こうとしていません。先日、孫が整理してくれゴミ屋敷寸前の我が家が小ざっぱりし、この儘の状態をキープできるよう頑張ろうとしています。
喪服は私に関係ない物だと思い込んでいたら、まさか我が子を見送る為に着る日が来るとは、ホント想定外の出来事です。葬儀に着る服が着られるだろうか、今さらだけど醜くなった体型を悔いています。取り合えず着て行く黒いコートとバッグの中に、ハンカチとテッシュを入れました。
息子が老いた私を気遣い、毎週のよう二人で食る物を持って来てくれ、楽しそうに色んな話をしてくれた日々を思い出します。合鍵で扉を開ける前に必ずチャイムを鳴らし、彼独特の入り方で私の笑いを誘う姿は、もう見る事が出来なくなりました。
此れからは時々訪れてくれるで有ろう孫と共に、元気だった頃の彼の思い出話で笑ったり泣いたりすると思います。ただ気になるのは、私の周辺に居る人達が先を急ぐかのよう、一人減り二人減りと逝かれるのを寂しく見送る事しか出来ません。
数日後の早朝葬儀に付き添いなしで、私一人で列席できるかが不安です。身内の者が心配してくれるけど、私の事で迷惑を掛けるのが心苦しく、どうした物かと悩みます。殆ど歩けなくなっている私の姿見にうつる身を嘆きつつ、遠く離れた葬儀場まで自力で辿り着けるかです。
今朝LINEメールが届いたらしく、気付いたのがお昼前です。孫娘から届いた文面は「病院から父が早朝に亡くなったと連絡が来たので、此れから病院に向います」でした。数日前に医師から「逢いたい人に知らせるよう」と言われ、彼女の弟が私を迎えに来てくれたのが二日前です。
電動ベッドに横たわる息子の姿は、誰か分からぬくらいに憔悴しています。話し掛けた言葉の返答は聴き取り難く、意識ははっきりしてるようで、私を見て「元気そうやね」に「色々とお世話になり有り難う」と言えば「よう言うわ」こっちこそ世話になったと言いたかったのかな?。
別れ際に手を振った、その手を握ると凄く冷たいです。思わず「冷たい手をしてる」に「あったかい手やね」が最後の会話になりました。私がヘルペスで入院中に世話をしてくれてた息子が、翌年に大腸がんが見つかり、手術後も時々孫娘と来てくれていた時の姿が目に焼き付いています。
焼き場が混んでるとかで、葬儀が一週間先だと聴き驚いています。年末年始で焼く釜がフル活動中とか、今夜も孫娘と、旅立った人の思いで話をたくさんしました。物事が順番通りにいかなくて、親より先に逝かれると遺された者は辛いです。昨夜孫の青年が来てくれ、楽しくお喋りした翌朝の訃報でした。
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M子
年齢:
95
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女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD鑑賞
自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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