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M子の、M子による、M子のためのブログ

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「人間の運命」の続きです。弟さんの事に付いて、自分は母親似で弟は父親に似て居て年齢を重ねると余計にそっくりになったと、其の弟さんも42歳でガンで亡くなりました。人柄が良くて皆さんの評判も良かったのに、何をやっても長続きせず、闘争心、名誉心もなく淡々として、結局お兄さんの運転手が楽だと言っていたようです。

同じ親から生まれても生活や物の考え方が違い、家族、兄弟姉妹の人生には逆らえないものが有ると言う文を見て思ったのが、私達姉妹の性格の違いでした。幾らスポーツとは言え私は勝負事が好きじゃ無いし、人との関わりも或る程度距離を置いたお付き合いがしたいのに、姉には理解し難いようで、妹は常に同じ行動をするのが当たり前だと思って居るようです。此の本を読んで少しは性格の違いに付いて分かってくれる事を期待して居ます。

本当の地獄とは死後ではなく、生きている人間社会に潜んで居て、人間は神にも獣{けだもの}にもなるし其の時代に合わせて生きるしか無いから、状況と行動とは常に不安定であり恐るべきものだと、良心、モラル、ヒューマニズム、思想などと及ばぬ領域があるようだとも書かれていました。

ご自分が翻訳された「かもめのジョナサン」に触れて、ジョナサンは漁船から投げられる魚くずを競って一日が過ぎるのを見て「かもめはこれでいいのか」と考え、群から離れて高空まで飛び急降下したり曲技的な事をしていたら、両親から、かもめは海上を飛び浜辺でエサを探せばいいと言われる。仲間からは「かもめは食うために生きている 飛ぶ為に生きていない」と群から追放されました。

彼は「かもめは飛ぶために生きているんだ。食うために飛ぶんじゃない。飛ぶために食うんだ」と言って孤独な修練を続け優れたかもめのグル{師}と、同じ心を持った仲間と共に虚空{こくう}に向けてひたすら飛ぶと言うお話です。翻訳者はジョナサンが「食うためにあくせくしている大衆」というものを軽蔑していると、主人公のかもめがエリート志向が強いところに引かかったと言っています。

主人公がかもめとして生まれた事も運命、両親や仲間達が「かもめの運命」を信じ切って生きて居る日常の生活を低く見た彼は運命に逆らって飛ぶために生きようと決意する、いわばチャレンジャーのお話のようで、セミナーのテキストとして使われていたようです。
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五木寛之の「人間の運命」の本を読んで粗筋{あらすじ}を書いてみようと思いました。でも読んで行くうちに私如きが纏{まと}めて書く作業は到底無理のようです。と言いながらちょっとだけ書いてみようとして居ます。

1945年に朝鮮のピョンヤンで敗戦を迎え、終戦と共にピョンヤンの街は凶暴なソ連兵であふれ、日本人は38度線を越えて徒歩や牛車で南下して米軍の居留地帯へと向かったのですが、ソ連兵と北朝鮮の保安隊にはばまれて難民倉庫で2度目の冬を迎え、零下20度を下まわる寒さの中で赤ん坊や幼い子が死んでいき、これでは全滅するとグループで脱出をする事にします。

母親は既に亡くなっていて、父と12歳の著者と6歳の弟、2歳の妹の4人で逃げ出しますが、幼い子が泣くと見付かりやすいく、みんなからも嫌な顔をされので途中妹を農家の納屋に置いて、自分達だけが進んで行った先で見付かり逃げ戻ると、妹が置いた場所でニッコリ笑うのを見て、死ぬときは一緒だと決め共に朝鮮から脱出することが出来ました。今でも一度は捨てた妹に対して申し訳ないと悔いているようです。

日本に帰国されるまでに、我々には想像が出来ない位の色んなご苦労をされて居ます。敗戦後ソ連兵による略奪、家は接収されやがて母親が死んだと書かれています。母の死後父親の様子が激変したと、父は母を守る事が出来ず、ソ連兵が押し入って来たとき家族を守る為に命懸けで向かって行き銃で撃たれて死ねばよかったのに、その自責の念が父を変えてしまったようだと。其の文を見て私の想像ですが、お母さんはソ連兵に襲われた事で亡くなられたような気がして居ます。

内地に引き揚げたのちも、教師だった父親は闇ブローカーやアルコールの密造をしたあげくの果てに再起出来ず、すべてを失い酒を飲み結核で人生を挫折したまま50歳なかばで此の世を去られたのです。国の運命が個人の運命と重なり自分の家庭生活から思想的根拠も職業も失い、父の人生を考える時。運命の手の残酷さを感じると書かれています。人間は無力だとも。続きは又の機会に。

家の近くに有る大阪府の広い土地が売りに出されたようで、跡地に家を建て分譲をするのか、大きな木を取り除いたりして土地の整備に掛かって居ます。現場ではショベルカーや作業の人達が仕事をこなしているのと、通りではガードマンが数人立って車や人の通行に支障をきたさないようにと誘導をしながら警備をしているのです。

ご迷惑を掛けてすいませんと頭を下げる人も居て、吊られてこちらも軽くおじぎを返しながら足早に通り過ぎますが、以前知人から注意された事を思いだしました。ガードマンには何の権限も責任も無い、だから彼方の指示に従って行動した時に、もし事故っても全てこちらの自己責任になるから、自分の判断で動かなければ駄目なんだと。

車の出入りの多い所ではガードマンが立って誘導してくれますが、こちらは車の前を先に通りたく無くても、お仕事に忠実なガードマンさんは人を優先して行かそうとしてくれるので結構迷惑しています。轢{ひ}かれても誘導したガードマンには責任が無く、車を運転している人が賠償しなければならないのと、怪我をさせられるこちらも大変だし、取り敢えずガードマンの誘導に従いつつもお互いが一分Ⅰ秒を競わず行動しなければいけないようです。

先日、姉が読みたいから買って欲しいと言われて、五木寛之の「人間の運命」と言う本を買い、先に私が読もうとして居ます。字も大きくて文体も読みやすい感じで、未だ数ページしか読んでいないので、どんな内容か今は説明出来ません。

私の悪い癖で何時もあとがきを先に読みます。作者が何を言おうとして居るかが分かるからです。あとがきでは運命に付いて考えて居た事が違っていたと言っています。自分ひとりで此の世に誕生したのではなく、両親や民族や先祖と自分以外の力が働いて居て、住所や職業は変えられるけど過去から引きずった物はどうしようも無いらしいです。

運命の力には逆らい難く大きくて変える事は出来ないけど、と言って運命に身を任せる気も無い。運命にもてあそばれるのでは無く、運命の流れと共に生きることが可能だと前向きに考えられるようになったと書かれています。「人間は考える葦である」とパスカルが言ったけど、人間は風にそよぐ一本の葦のように弱くてはかない存在であると言う深い思いの言葉が前提だそうです。

目次を見ると、運命の声、運命の扉をたたく、運命は変えられるか、人類のせおった運命。と有り、面白そうな本だから、出来る事なら内容は此処に書いてみたいと思っています。乞うご期待です。

アフガニスタンと聞けば、私は毛が長く貴公子のような姿のアフガン犬しか頭に思い浮かびませんでした。人口3000万人の国がタリバンの手によって街が破壊され治安も悪くなって居る様子を見たら何故?って思いますが、貧困で食べていけないからタリバンに加わる人が増えて居るそうです。

治安・貧困・病気と来れば先ず医療で、医者が足りないのに宗教上の理由から男性医師が女性患者を診る事が出来なくて女医に診て貰うしか無く、此処にも問題が有りそうです。現在日本の支援者はタリバンの攻撃を避ける為に、リトアニア軍に守られながら活動していると聞いて居ます。

各国は軍隊を出してテロに備えて支援して居ますが、日本は軍隊を送らずに給油活動や生活に必要なインフラに欠かせない道路整備等をしているので国民からとても感謝されているようです。我々のように安全に暮らせて当たり前という国が有るのに、治安の悪さや貧困に脅{おび}えながら生きて居る人達がいる事を知ると、改めて平和の有り難さを感じて居ます。

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