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M子の、M子による、M子のためのブログ

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時差ボケが修正出来ていない内に外出しまくって、又、明日京都へ行く為、頼まれた品物を調達するべく買い物に走り回り、何だか身体に限界が来たような気がして悲鳴を上げながらの日々を送っています。次から次ぎへ、向こうからのアプローチにより外出を余儀なくされているのを、少し勘弁して欲しいと願いながら。

夜が眠れない反動で昼間、睡魔に襲われ、此の居眠りが何とも言えぬくらいに気持ちが良く、此の一時がまるで極楽のような気がして、こんな事の繰り返しで毎日を過ごしている自分に呆れています。
そう言えば”春眠あかつきを覚えず”です。よお考えたら春は誰でも眠いってのを思い出し、何だか眠っていても良いような気がしてきました。

兎に角最近はやたら歩く事が多くて、明日も御多分に漏れず歩きます。肥り気味になると自分の意志とは関係なく歩くように仕向けられて、体重が増えないように調節してくれてるようです。気候のせいも有るでしょうが歩くお陰でしょう、足の調子も良いようで凄く嬉しいです。身体に一番良いのは歩く事だと、これは絶対にお薦めです。
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ハワイ旅行の色々を書いてる内に何度か間違いを指摘されました。
街を走り回る、まるで馬車を連想させるようなドアも窓も無い吹き抜けのトロリーバスの事、美味しいと言ったおにぎりは”スパムにぎり”なのに何故かパムスと思い込んで言ったり、行かれた事の有る方には、アホかいなと思われているでしょうね。

街中にやたら高層なホテルが乱立してるような感じで有る意味壮観でした。
特に私達が泊まったヒルトン・ハワイアン・ビレッジは大きな敷地に数個の建物が建っていて、外出して帰ってくる時に何度往復しても自分が泊まってる建物が何処か分からず、連れであるムク君から呆れられたようです。
ホテルの名前が覚えられずに迷子になったら帰ってこれないからとムク君から「ヒルトン姉妹を思い出すように」と言われました。

地図を片手に色んな所へ案内されて、充実した旅が出来た事に感謝しています。ダウンタウンやチャイナタウン、軍博物館、ダイヤモンドヘッド、カラカウワ大通り、カメハメハ大王の像、大勢の人が泳ぎ戯れる浜辺や大木にお化けのように、まるで長い髪の毛が束になって何本も垂れ下がってきたような不思議な木を見たり、木が何本も植わった、やたら大きな公園が幾つも有り散歩したりしました。

夕方になれば腰に布を巻き付けた裸足の現地人とおぼしき青年が火のついたタイマツを持ってあちこちに立ててある筒に火を付けて行きます。
ホテルの庭園でのフラダンスも楽しい想い出となり、ベンチにゆったりとくつろぐ家族達、中庭に有るプールで泳ぐ人々、ゆっくりと時が流れて行くようでした。
タイマツの火はホテルの敷地内で見た光景ですが、一晩中灯りとして付けられているようで、繁華街に出た時も此の灯りを見る事が出来たので、これはハワイ独特のものだと思いました。

買い物や食べに入っても結構日本語の表示が出ていて助かりますが、何処へ行っても言葉が通じるとは限らず、やはり言葉の壁の厚さを感じました。
最後の夜にホテルのレストランでちょっと豪華に食事をしようと行けば、メニューが英語ばかりで結局バイキングを食べる事になり、ガイドのムク君は食欲が無かったのか殆ど食べずに、私は頑張って食べたつもりがそれ程でも無かったような気がします。結局、高い料金とチップを払ってチョンでした。

チップで気が重かったのですが、結局、ベットメーキングしてもらう人に一ドルを枕の上に置いたのと出発時に荷物を取りに来てくれた男性に一個に付き一ドルを渡したのと、最後の食事の時にテーブルセッティング{バイキングだからナイフとフォークの}をして中間で「美味しいか」って聞きに来たおじさんに渡したのが全てでした。私個人の意見としては、何度も行きたい場所ではありませんでした。
生活習慣の違いと円安で物価がやたら高い事がネックになったように思います。
一日中出たり入ったりで少々お疲れ気味で文が雑になります。{毎度の事ですが}
今日、外食をしてしみじみと感じた事は日本の飲食店は頑張って美味しい物を提供しているように思いました。元々アメリカのお料理は美味しく無いとの定評が或るようですが、焼き肉を注文したら何故か串焼きで、お肉が串にしがみついて離れないし、やっと離れて口に入れて噛み切ろうとしたら無駄な抵抗だったようで、あまりの堅さに靴の底を囓ってるようでした。{少しオーバーかも}

以前チャプリンの映画で空腹のあまり靴底をテキに見立ててナイフとホークで食べようとしていた場面を何故か思い出されて。口の中に入れさえすれば、それなりに食べられますが肉のジューシーさと、何とも言えぬ香りが無いのです。
レストランで食べるよりも大いに利用したスーパーのサンドウィッチやパムスと言う俵結びの大きいのにハムの焼いたのを載せ、海苔の帯で巻いてるのが結構美味しかったので、何度か買って食べました。大きなフロアーに和、洋、中華、タイ、等色んな食べ物屋がぐるーっと軒を連ねて、真ん中の空間に椅子とテーブルが有り好きな食べ物を買って来て{セルフサービス}食べられるタワーが有りました。
お気に入りになったけど少し離れていたのでバスに乗って行かなければならず、残念でした。


御飯も何度か食べましたが少しかためで歯ごたえが有って結構、私達の口に合いました。野菜ジュースとかお水を買って来てコーヒーや紅茶{部屋に置いてある}も飲みました。パジヤマやお水は勿論の事、スリッパ、はぶらし、はみがきは置いて無かったのでいささか慌てると共に何てサービスが悪いんだろうと、これがアメリカなんだと再認識です。パジャマは何時も持参しますが部屋で穿くスリッパと歯磨き道具が無いのには困りますので即買いに走りました。
それに付けても日本の過剰なサービスに馴れてしまってる我々のほうが、どうかしてるのかも分かりませんね。

迎えのバスに乗り、先ずアロハタワーと言う所でこれから過ごす国の説明を受けてから、その場所で昼食をする事にしてお店を物色し、入って注文したのが私はピザを、待つ事しばし、やがて大きなピナップル缶を二個ぼんと置いて行く、「おいおいこんなもの注文してないのに嫌だな」と思いつつ待てば、四十㎝長さのサーフィンボード形の上にのっけたピザをパイ缶の上に置いて行きます、やる事が非常に雑なのにはいささか驚きました。これでパイ缶の役目がやっと理解出来たのです。
量が多くて食べきれないので勿体ないからと持ち帰えったけど、結局はゴミ箱に直行させてしまいました。

カード一枚で街中を走るバスに乗ってホテルに向かいましたが、このバスは風が吹き通しでドアも無ければ、一部板が有れども此処は子供の優先座席で後の中間はパイプが横に上下二十㎝間隔で一メートルの高さに渡して有り、道路側に向いて両側に長椅子に座れるようになっていて、中央に立つ場所も有り、大丈夫かいなと思しき吊革がぶら下がっています。
かなりのスピードで角を廻る時は遠心力で振り落とされそうなくらいスリル満点な感じで命懸けで乗っていました。移動する度に乗りましたが、遊園地でお金を出して乗るくらいの値打ちはあったような気がします。

此のバスは”0LⅠ 0LⅠ”エアポートエクスプレスと言って停留所が無い場所でも建物の決まった場所で停まるようになっていて、とても便利に乗る事が出来ました。遠方まで歩いて、歩き疲れたらバスに乗って帰ってくる事の繰り返しです。
全て自由行動だったので食事もその都度スーパーで調達して結構楽しみましたがいわゆる貧乏旅行その物です。或る時事件が、乗客の悲鳴に近い声、何事かと思えば、遠心力で大事なカメラのキャタツが入ったケースが飛んで行ったようです。
交通量の激しいのとスピードが出てるので止まれません、車は何事も無かったように走り続けました。大した事件に遭遇しなくて本当に良かったと思っています。

いよいよ機上の人となってからの様子から書き始める事にします。
勿論エコノミーと言う、しけた場所での旅行です。願望としてはファーストとは行かないまでもビジネスクラスくらいに乗れたらな~との思いはあります。
此の事を或る人に言ったら、「落ちる時は同じだし、空間を共有してる事に変わりない」と言われれば何と無く納得してしまうのです。

飛び上がる時と降りる時は全員がシートベルトを締めなければならないし、唯、違うのは、居る場所の少しだけ広い空間と座る椅子が高級なのと食事が少し豪勢だけでしょう、飛行機の中で無理に御馳走を食べなくても降りてから好きな物を食べりゃ良い事だし、高い料金を払っても飛んでる時間は同じなんだからと、妙なところで慰めている自分がいました。

機上では先ず飲み物と美味しいおかきのサービスが有り、暫くして和食か洋食どちらかを選んでのお食事タイムです。私は和食を頂きました。
何を食べたのか記憶力が減退しているのであまり記憶していませんが美味しかった事だけは覚えています。飲み物サービスはアルコール類からコーヒー、日本茶、色々と希望を叶えて頂けますが私達は専らお茶を所望しました。

飛行時間が余りにも長くて、心の中で「シマッタ、遠くへの外国旅行はもう止めよう」と反省しきりです。あの狭い空間の椅子に座った侭の姿勢で行く旅はとても辛く、時々のシートベルトの着用を強いられて、まるで拷問にかけられてる犯罪者その物のような感じで嫌でしたね。
昔、歌の題にも有った「憧れのハワイ航路」何が憧れのハワイ航路だよ、と思いながらも何となくハワイ旅行を望んだのは私自身なのですから。もう一個「ベガスに行きたい」と言ったけどあれは取り消す事にしましょう。

此の旅行に素敵なガイドさんが共に行動してくれた事が一番の収穫でした。この場を借りて感謝と共にお礼を申し上げましょう。続きはボチボチと書いていく事にしますので宜しく。
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M子
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女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
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趣味:
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自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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