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M子の、M子による、M子のためのブログ

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ほんの中に「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」{えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや}の言葉が、「燕雀」とはつばめやすすずめのような小鳥の事で「鴻鵠」とは、おおとりやこうのとりのようなおおきな鳥。小鳥には大きな鳥の志は分からないと言う事です。

小人物は大人物の心の中は知りえないの例えで、ある人が若い頃、農耕に雇われ働いていたときの仲間に向かい「将来私が富貴になっても、お前たちのことは忘れないよ」と言って嘲笑されたので、その時に若者は「小さな鳥には、大きな鳥の志は分からないと思ったようです。「猫は虎の心を知らず」とも言います。

最近は字を読むのに、眼鏡の上にいま流行りというか字を拡大しなければ本が読めなくなりました。テーブルの上に、テレビ用と大きな文字を見るように、本を読むメガネを置いてるけど、ほんと面倒くさいです。其れでも未だ字が読めるだけ有難いと思います。

今日も痛切に感じたのは、読めても書けない字が多くて、印刷物の裏の白紙をホッチキスでメモ帳にし、漢字の練習で一日が過ぎて行きました。ある時は携帯を開き、ひらがな入力し漢字を出したり、出て来ない漢字は辞書をひいたりしています。暇人なりゃこそ出来る事だと思いながら、自分なりに努力してるつもりです。今夜も話題が無く、諺を引っ張り出しました。


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やっと秋らしくなったとはいえ、まだ暑さが残っています。生ごみが少ないから今回はパスしようとしたのに、姉から本の注文が有ったので、近くの本屋さんへ行く序にゴミを捨てに行くことにしました。出掛ける服装は整ってるし、すんなり歩きに行けばと思うのに、いったん家に引き返すと耳元で「此の侭お家に居ようよ」悪魔の囁きが。

怠け心が勝る私は囁きを素直に受け、出掛けるのを辞めました。出掛けても行先はスーパーに決まっています。戴き物で冷蔵庫がいっぱいなのに、これ以上買い物をすれば腐らすだけです。こんな時ご近所にお散歩友達が居れば良いと、身勝手なことを考えたりして、本音を言えば、気を遣うお付き合いはしたく無いのです。

昨夜はベットに行く前ほっとひと息、椅子に座りそのまま眠ってしまったのか、気付けば夜が明けていました。慌ててベットで二度寝をしてたら電話のベルに叩き起こされ、受話器を取れば「ガス会社です」例の電気と一緒にしませんか、と言ってるので「御免なさいね、息子が管理してるので」と言って断りました。

騙されるのが嫌だから相手が良い悪いは別にして、全ての事は息子に任せてると言い、私の一存では何も出来ないと返事をしています。へたに賢ぶって関りを持つと、後でややこしくなった時に始末に困るからで、一人暮らしだと何かに付けて不安が伴うけれど、サポートしてくれる人が居るだけで心強いものです。

午前中の配達で、知人から送られてきたリンゴを受け取りました。それまで戴き物の二十世紀や、自分で買った巨峰にオレンジと柿が有ります。今朝受け取ったばかりのリンゴ箱を玄関先に置いたまま、すっかり忘れていました。

最近は特に物忘れが酷くなり、外出先から自分のお家に帰えれなくなったらどうしよう、想像するだけで怖いです。本人が認知症になったらの心配をよそに、こいつは大丈夫と思ってるらしく、今夜も姉からのメールで、買い物の注文を受けました。内心、わたしゃ~デリバリー婆さんと違うんだけど。

人との会話は其れなりに嫌じゃないのに、誰かに構わられるのはうざくて、程よい距離でお付き合いして頂けると有難いのです。偉そうな事を言ってられるのは今の内、やがて動けなくなった時に、お世話にならなければ生きて行けなくなります。私の将来はネガティブなことばかりのようだけど、生きてりゃ~その内に良い事に出会うかもです。

今日も家の中に引き籠って過ごしました。寂しくないかと問われれば、自分流に生きられて今は大満足していますが、時々程よい刺激を与えられるのも、生きて行く上で必要だと思っています。体に不調が生じれば、そろそろ潮時だと思いながら、寿命が来るまでの未練たらしい欲が出て来るのです。



確か今日は雨の予報だったのに、午前中は晴れてたし午後の天気も曇りらしいので、急遽歩く序に近くのスーパーに買い物のに行きました。余裕で遠くのスーパーにも行けそうだと思いながら、ミニトマトやブドウ、初物の柿などを籠に入れレジの前に来てハッと気付いたのが、財布を入れ忘れています。

「財布を忘れて来ました」と小さな声で呟き、籠の中の物を元の棚に返し外に出ました。家に戻り財布を持ち、再びスーパーに向かいますが、さすがに遠くのスーパーまで行く気力は失せ、ここの店で籠の中は満杯状態です。自分ではしっかりしてるつもりでもどこか抜けてるのは、やはり年のせいでしょうか。

やっと秋らしくなったので、スーパーを二往復しても苦にならずむしろ快適に歩くことが出来て良かったと思います。私に残された人生で、普通に出来る事はと言えば、自分の足で外を歩くことくらいです。今はショッピングカーに頼らず、重い荷物を載せて手を添える程度だけど、いずれ身を預けて歩く日が来るはず。

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもの、お彼岸の訪れとともに、秋らしくなりました。「秋の日は釣瓶落とし」とも言い、日が暮れるのも早く直ぐそこに冬が近ついてる気配を感じます。今の若者に「つるべ落とし」と言っても通じないかも、落語家の鶴瓶さんの事じゃ無く、釣瓶とは掘った井戸の水を汲み上げる小さなバケツに綱をつけた物で、井戸の中へつるべが垂直に早く落ちるように、秋の日は急に暮れるの例えです。

誰でも住んでる周辺が汚いよりは綺麗な方が良いと思うけれど、汚れても平気で居られるのは、掃除をするのが面倒くさいからでしょう。ご多分に漏れず私も其の一人かも。厄介なのは、昼間はボーっとして座りっぱなしなのに、さて寝ましょうと薬を飲むお水を取りにキッチンに行くと、流し周辺の汚れが気になります。

最初にガス台の油の飛び散りを拭き、次に調理台の金属の一部の濁りが気になり、あらゆる洗剤を駆使して光を取り戻そうと必死です。やり始める手が止まらなくなり、最後に排水溝の掃除までしなければ気持ちが落ち着かなくて、時間は丑三つ時をとっくに過ぎています。若い頃から、やりだすと時間を忘れる悪い癖。

だからでしょうかテレビでお掃除関係の番組が有ると、食い入るように見ています。今日も拭き掃除をする時に、埃が着き難くするのには、バケツのお水にリンスを少し入れると良いと言って居ました。ガラスの汚れは、新聞紙をまるめ濡らして拭き、後はからぶきをすれば綺麗になるそうです。

網戸の掃除は、百均のエチケットブラシを水に濡らして拭くだけ、これもリンスを薄めたお水を使います。ブラインドの汚れは軍手を濡らし、指で挟んで拭くと良いらしいです。いつも汚れを落とす時に、もっと小まめに掃除をしとけば簡単に落ちたであろう汚れを、見ぬ振りをしてたことに後悔しています。

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冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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