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オーストラリアの気温を調べたら、今は夏だから30℃くらい有るらしいけど、日本の夏とは違い乾燥してるので、案外過ごしやすいのではと勝手に想像しています。今日は持って行く夏物を引っ張り出すと、未だ札が付いた侭で着ていない上着が。当時は太くなかったのか、前が合わない物が出て来ました。
食べたら太ると分かっちゃいるのに食い意地が抑えられず、間食が多くて腹回りの贅肉が付きまくりです。最近まで穿けてたズボンのチャックが、上がらなくなっています。履き易い靴を選ぶのも大変で、旅行先で足が痛くなり、応急に買っても結局は馴染まなくて、帰国した後は放置したままの物が多いです。
足りない物が有れば旅先で買えば良いと思うけど、今までに自分の靴以外の物を買った事が有りませんと言うより、着る物はお国柄で、日本人の顔に合わない気がするので買えないのです。以前タイで買った男性用シャツの裾一列に、象の絵柄がプリントされた物は流石に気が引けて、上げる事が出来ず見る度に悔んでいます。
姉に「お菓子はやっぱり日本の物が美味しいわね」と言われ、お土産に悩まされるけど、行った証拠に買って来なくちゃ~と、その国を象徴した物を探す苦労も知らずに、好き勝手な事を言える人が羨ましいです。年末の掃除と共に、ボチボチと旅行準備に拍車がかかって来ました。
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瀬戸内海に有る「漂流郵便局」と書いてるのを見て、届けたくても宛先不明で届ける事が出来ない郵便物を置いとく所かなと思ったら、持って行き場のない気持や、誰かに聞いて欲しかったり、伝えたい想いなどを手紙に書いて出すと、此の郵便局が宛先の無い郵便物として、受け付けてくれる為に開局されたと書かれていました。
発想の原点は、手紙をビンに入れ海に流す「ボトルメール」だと言い、全国からお便りが寄せられ、天国のご両親や、ペットへの想い、自分への反省などと多岐にわたる手紙やハガキなど、身内の方を亡くされた方のお便りも多いと書かれています。水子となり天国に召された赤ちゃんに、詫びる母の便りも多く届けられているとか。
恋愛にまつわる手紙では、淡い初恋を綴った便りや、亡くなったご主人への想いを書いてたり、高齢になった女性が、若かりし頃に失恋した男性を、今も想い続けてる文面では、いつか会いたいとおっしゃっています。幼い頃から母に虐待を受けた女性が成人し、結婚してもし子供が出来たとしても、虐待だけはしないと誓いますと。伝えたくても伝えられない想いを書く事で、気持が楽になれば嬉しいとは、局長さんの弁です。
此の文を読んでいて、何だか分かるような気がします。モヤモヤを自分の中に溜めこんでると、鬱になるのではと私は思うので、身内とは関係のない人に、時々愚痴を聞いて貰ったり、ブログに書いたりしてるから、なんとか平常心が保ててるようです。聞かされる人には迷惑な話だったり、面白がって聞いてくれても、本人は吐き出すことで満足しています。
後生大事にブラジャーのサイズが書かれた札を常に持ち歩き、売り出しの看板を見てチャンスとばかりに買ったのに、いざ着けて見たら窮屈なことこの上なしです。以前買った時のサイズと同じだと思い、多寡を括って居たのが間違いの元でした。古くなりゃ~延びてるってことに気付きゃ良いのに、やっぱりボケかけてるのかな?
今日一日、家に籠りっきりで、鍵ホック部分の布を延ばすのに必死でした。以前買ったお店の人に「今度買いはるときは、此のサイズの札を見はったら良いから」と言われたのは二十年前くらい、あれから太ったって事も忘れてたようです。一度サイズ直しをしたのを、もう少し延ばせば楽になるとやり直しています。
サイズを延長するのに使ったのは、前に安物を買ったのが気に入らず、着けずに置いていたブラジャーの鍵ホック部分を切り取りつなぎ合わせたら、ゆっくりしたサイズに仕上がり、最初から傷物にはしたけど其れなりに満足しています。サイズ延ばしに使うブラジャーを探してると、十数枚の新品が出て来ました。
高齢者にとって、引力の法則で垂れた乳房を持ち上げるのはしんどいです。其の侭で放置すれば醜いので、ブラジャーは欠かせない物になっています。余計なお世話だけど、整形で大きくした人が高齢になった時、どうゆう形になるのか知りたいものです。若い頃から乳房の小さい人が羨ましくて、今も変わらず思っています。
今日、大阪城公園内の映像を観て、知らなかった施設が出来てるのにビックリしました。二十年前に?さつきの頃、盆栽が展示されてるのを見に行ったり、菊の頃は色んな種類の菊が展示されてる所へ夫と共に訪れたのを思い出しますが、当時は殺風景で何も無かった記憶だけ、近くでお茶を飲んで帰宅した気がします。
大阪城の天守閣に初めて上ったのは七十年くらい前、戦後間もない頃だったから、公園が広いと感じたことしか思い出せません。十数年前には大阪城公園内の片隅に「劇団四季」の劇場が有り、孫娘とキャッツを観劇に行ったのと、数年前は近畿周辺の大学のサークル「よさこい踊り」の大会が、孫が踊るのを観に行った事が有ります。
元総理の森喜朗氏が大阪は京都の「たんつぼ」だとおっしゃったとか、現在はどうでしょう、外国観光客が成田空港より関西空港の方が多いのです。地元の大阪人は昔の大阪城公園を記憶してるので、足を運ぼうとしないらしいけど、外国観光客はガイドブックを見て来るので、大勢の外国人で賑わっています。
今迄は市が管理して居た大阪城公園内を、民営化したのが功を奏したとかで、木の剪定一つにしても、親方日の丸で手抜きをしてたのを、民営化でお城をバックに何処からでも写せるようにしたり、商業施設は儲けを出す工夫をと、役人任せだった頃に比べ、素晴らしく変身した大阪城公園を見て、遊びに行きたくなりました。
今日は予約していた美容院へ行って来ました。一人暮らしで普段は誰とも会話をして居ない反動か、あれもこれもと喋り過ぎて喉が痛いです。現在の場所に二十数年も住んでるのに、高齢になって住み始めた事も一因でしょう、親しくお付き合いしてる知人も居ないので、現在まで揉め事もなく気楽に過ごせて居ます。
近所のお店の人とお喋りしても、意識して人の噂話はしていません。果たしてこんな生き方が良いのか悪いのか、もしも何かあった時、誰にも助けを求めれられないのが心配です。下手に親しくお付き合いしたばっかりに、煩わし問題に発展したりすると困るし、人間関係って本当に難しいと思います。
老後にこんな寂しい生き方は嫌だと思う人も居れば、気楽が最高と思う者が居るので人生は楽しいんでしょうか。話は変わり、先日市が発行する高齢者向けの乗り物カードに貼る顔写真二枚ある内の残ってる一枚を、夫や息子の妻の遺影が置かれてるチェストの上に、殆ど顔だけの私の証明写真を仲間入りさせたは良いけど、見慣れるまでが大変そうです。
被写体が悪いのは百も承知の上でも、昔は写真屋さんがそれなりに手を加え、「誰の写真や」って思うくらい修正され過ぎた物もありました。其のまんまの写真を手渡されショックを受け、余った一枚をチェストに置く私も「どうかしてるぜ」って思います。毎朝遺影に手を合わせた序に、自分の顔に馴染むのには少し時間が掛かりそうです。
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