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M子の、M子による、M子のためのブログ

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知人からのメールを見て、世の中の家庭内で、複雑な問題を抱えながら暮らしてる人が居るのを知りました。病人の看病だったり、家庭内暴力で悩んでる親が居たり、家族間のいざこざで、精神的に追い詰められてる人達も居るようです。幸いな事に私は一人暮らしだから、揉め事とは縁遠いと思っています。

外見が立派な邸宅でも、家の中に入れば揉めてたりして、案外貧し気な感じの人達の方が、和気あいあいで暮らしてるのです。子供が幼い頃は仲が良い家族だったのに、親の離婚で子供がぐれたりで、親が子を子が親を殺したりの事件が多発しています。避妊する人も居れば、人工授精する人が居て、何だか複雑な気分に。

以前からよく耳にするDVと言うのは、必ずしも男性からだけじゃ無くて、女性からも有るようで、大分以前の事件で、妻が夫の頭を常時フライパンで叩き、挙句の果てに死に至らせたのを、テレビのニュースで観た事が有ります。若い女性の中には言葉の暴力が酷い人も居て、昔人間には到底太刀打ちできないと思いました。

小さな子供でさえ、子供なりのプライドを持っていて、人前で叱られると、恥ずかしいからでしょう、手が付けられない暴れ方をします。「一寸の虫にも五分の魂」とは良く言った物で、ましてや大人相手に、頭ごなしに物を言えば、反発して当たり前、「親しき中にも礼儀あり」お互いに譲り合う気持ちが無いと、不協和音が生じるようです。

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娘からのメールで、私の生い立ちの流れを教えてほしいと行って来ました。時代的に誰もが、今のように平穏に暮らせる状況じゃ無く、大袈裟に言えば波乱万丈だったと思います。戦争で被災した上に、両親の別居などと家庭内も結構複雑で、簡単に語る事が出来ません。娘なりに何か複雑だと感じたのでしょうか。

以前にも戦争中に体験した事を、聞かせて欲しいと言ってきたことが有り、質問内容が長くて覚え切れませんでした。返信も長くなります。何しろ70年近い前の話だから話が前後したり、ふと思ったのがボケさせない為か?、其れともボケ症状が出て居ないかをチェックしてるのかな?と、半信半疑ながらの返信です。

先の戦時中に過ごした日々の質問の時は、何故私の過去を知りたがるのかと聞いた事が有りました。自分達が知らない戦争の事を、親が生きてる内に聴いて、自分の孫に伝えたいからだと言います。今度は伯母の難聴は何故だと聞かれ、焼夷弾の破片が神経を傷付けたと聞いていますが、女学校を出て直ぐ兵庫県庁に勤めて居ました。戦争は人の人生を狂わす魔物です。

長い人生で人それぞれの場面に出くわし、分かれ道に立った時、進む方向で運命が決まる気がします。私は流れに逆らわず、人に導かれるが侭に抵抗せずに来たのが良かったのでしょう。今までは人の情けにすがり生きてきました。「情けは人の為ならず」の恩恵を受けて来たので、此れからはお返しをしていかなくちゃ~と思って居ます。

知人からのメールに、一日中ぼ~っとして居ますと返信すると、何処か悪いの?旅行に行くって言ってるけど、足は大丈夫ですかと、心配する電話がありました。車の移動だから何とかなるでしょうと、本人は至って気楽な物です。其れにしても朝夕の気温が一段と低くなり、着て行く服を全てチェンジする羽目になりました。

数日前に北海道旅行から帰って来た、此の知人の土産話をたっぷり聞かせて貰った中で、興味を持ったのが有島武郎の記念館に行った時の話です。長男が俳優の森正之?字が違うかも、私が娘時代に神戸に住んで居た時、向かいの劇場にお芝居に来て居たのを、何度かお見掛けした事が有り、とてもハンサムな方でした。

有島武郎の名前は知って居ても、詳しい事は何も分って無くて、早速ネットで調べる事にします。弟に洋画家の生馬・小説家に里見とん?へ~此の人の弟だったとは、知らなかったな~。武郎は農科大学を退職したのは、結核になった妻を転地療養させる為で、その後幼い子供達三人を残して亡くなられたそうです。

武郎が四十五歳の時に、三十歳の人妻と心中します。当時は姦通罪{既婚者がそれ以外の男女と性的関係を持つと処罰される法律}で投獄されました。現に北原白秋も入獄してたようです。姦通罪を承知で波多野秋子と言う婦人記者と関係を持ち、五日後に軽井沢の別荘で七月に縊死して、一か月後に腐乱死体で発見されたとか。興味の有る方は、検索されては如何でしょう。

先日スーパーで買い物をした時に、レジで頂いた5%引きの券が今日までだから、使わなきゃ損とばかりに行って来ました。秋とは言え日中に歩けば未だ暑くて、帰宅してお風呂にお湯を溜めるのに、湯船の栓をしようと浴室の電気のスイッチを押したら、まさかの電球が切れてるようです。

元々身長が低い上に圧迫骨折とやらで、もっとチビになり、もう少しで壁に取り付けられたカバーに手が届く筈が、踏み台が要りそう。私の体重に耐えられるかなと思いながら、お風呂用の椅子にそっと載ってみると、何とかいけそうです。命綱に等しい手すりを右手で掴み、円筒形のカバーを左手で外しながら、電球一個を替えるのに命掛けやなと呟いて居ました。

マンション暮らしは長いけど、家族が居る時は何の不便も感じ無かったし、煩わしく無くて良かったけど、高齢の一人暮らしになると、喜んでばかりいられません。浴室の電球が付かなければ、洗面所の灯りを頼りますが、うす暗いのは苦手です。こんな時に気安く手を貸して下さる、ご近所さんが居ればな~と思います。

取り換える電球が必要だけど、スタンドに付けてるのを思い出し、取り換える事が出来て、明るい浴室で快く汗を流せました。天井のLDどっちかの蛍光灯が切れても、孫が来てくれるまで待てますが、浴室だけは待てなくて、台の上に立つのは苦手になり、骨折したら歩けなくなると思うだけで怖いです。外の廊下は静かで、各戸のドアは冷たく閉ざされ、拒否されてる気がします。



先日買ったズボンの丈が長く、夜なべ仕事にひと折り短くしました。久し振りに針を持つ手は、やはり昔取った杵柄でしょう、上出来だと満足して居ます。さ~此れから短くするぞと思ったのに、愛用の鋏が見当たらず、代わりとばかりに、すっかり忘れてたショルダーバッグの出現に、ビックリしながらも嬉しかったです。

朝夕は秋風が冷たく感じられるけど、まだ日中は動けば汗ばむほどの気温だから、旅に持って行く着替えを準備するのが大変ですが、寒かったり暑くても、着る物が間に合わなきゃ~旅先で買えば良いと、何時も思うだけで、根が貧乏性だからでしょう、此れまでに買った記憶が有りません。

年齢的に此れが最後の旅行だと思ってるのに、誘って頂くと舞い上がるのか、二つ返事で行こうとしています。今朝も有りったけの服を出して、あれこれと着ては脱ぎを繰り返し、持って行く荷物が多くなりそうです。問題は足腰は大丈夫かと心配で、日頃から鍛えておくべきだったと、後の祭りの後悔をして居ます。

国内旅行は大きな荷物を持ち、乗り物を乗り換える度の移動が一苦労でした。其れに引き換え、全て車で移動できる旅は、荷物を持ってウロウロしなくて済むから好きです。旅は若い内に行っとくものだと言うのが私の持論で、高齢になっての旅は、どんなアクシデントが待ち受けてるかと、不安に駆られる時が有ります。

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