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M子の、M子による、M子のためのブログ

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今日テレビで「おっさんのレンタル」と言う番組を観ました。関西では珍しいけど、東京では結構利用されてるらしいとか。おっさんの年齢は30代から60代までらしく、何をするかは人それぞれで、ご飯を一緒に食べて欲しい人も居れば、友達のドッキリに協力してもらったりするそうです。

気になるお値段は一時間1000円、ポッキリかと思いきや、お茶や食事代に交通費も此方持ちだと知り、総計かなりの出費になります。おじさんの経歴は、元アナウンサーやPTAの役員だったり、南の島に移住してる人でした。レンタルの7割は30代から40代の女性で、恋愛やら生き方の相談らしいです。

居酒屋でお酒を飲みながら、職場での悩みを聞いて貰ったり、身の上話をしたりと、お父さん的に接してくれるだけで良いんだとおもいます。地方から都会に出て来て一人暮らしをしてる人が多く、隣は何をする人ぞ的な環境だから、人恋しくなって当たり前です。話たくても周りに聴いてくれる人が居ません。

歌の文句じゃ無いけど「東京砂漠」と言うように、学生なら級友、勤め人なら勤務先の友人と居る筈だけど、果たして都会で心を開いて付き合える人が居るでしょうか。少々物入りですが、其れなりのレンタル屋さんを通して、全然関係の無い人に悩みを聞いて貰ったり、疑似デートをして貰うのも後腐れが無くて良いと思います。

隣人も話し合えば皆さん良い人なのに、近年の建物の構造が、人との関わりを隔ててる気がして本当に残念です。昔のように日本古来の木造で、人情味溢れた生活を望むのは無理みたいだから、色んな問題を解消してくれる、おっさんに頑張って貰うしか無さそうな気がして来ました。

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普段から字を読み慣れて無いので、色んな書類を手にしても、サラッと読み流して居ましたが、今年度の理事になってからそうは行かなくなったようで、読んだら署名捺印をして、次の理事に回してと書かれてるから、迂闊に済まされなくなりました。何が苦手と言っても、印が上手く押せません。何時も試し押しを繰り返してます。

最初にボケてると強調したのに、何もしなくても良いので、全てこちらでやりますから、に気を許したのが失敗でした。此れから先の二年間が思いやられます。と言っても悪い事ばかりじゃ無く、数日誰ともお喋りしなかったのに、理事会の有る日は数人の男女の理事が集まった席で、色んな世間話をするのが凄く楽しみです。

同じ屋根の下で、エレベーターに乗り合わせた見知らぬ人に、暑いとか寒いの一般的なご挨拶はしても、何処のどなたか知りません。記憶力が低いからでしょう、人の顔やお名前を覚えられ無い私は、せめて新理事さんを記憶しなくちゃ~まずいなって思うと同時に、神様が私のボケを阻止して下さったような気がしてきました。

此の頃は責任上、何に対しても反復する癖が付くようになり良かった?って、人間は年齢に関係なく、刺激を受ければ脳が活性化するんじゃないかと、一縷の望みを持つようになり、心身ともに若返って来そうです。家に籠って、あ~でも無い、こ~でも無いと一人問答してるのも如何なものかと思いながら、今日も暮れて行きます。

終戦後に生活苦からでしょう、米兵との間に生まれた子供が多く居て、その後に捨てられた子供達を引き取り、ご自分の私財を投じて育てていた人がいらっしゃいました。今は何処の家でもテレビが有って当たり前だけど、戦後10数年経ってもテレビの無い家が多く、冗談でアンテナだけでも立てとこかと言ってた時代の話です。

ご成婚を機にテレビを買った家も、其の時に戦災孤児や米兵との間に生まれた子供達を引き取り、お世話をしてる姿をテレビの映像で観て感動したことを思い出します。年代に依って、赤ちゃんをコインロッカーに置き去ったり、親の離別や行方不明とか経済破綻で捨てられる子供がいて、施設で育てられるのを知りました。

施設では職員が少ない上に、経験未熟から躾と称して体罰が加えられたり、社会の偏見から子供達が阻害されていたのです。今でも尤も頼るべき親に虐待され、挙句の果てに殺されてる子供がいます。今日テレビを観て居たら、大きな敷地内に数軒の家を建て、一軒の家に施設職員が居て、年齢をばらけ家族関係を構成させていました。

此処で育った一人の女性が大学生になり、独り暮らしを始めますが、学校が休みの時に里帰りをしに来ると、自分が使ってたお茶椀やお箸を置いてくれていて、我が家に帰って来た気がしてると言うのを、感動しながら観ました。子供が欲しくても産めない人も居るのに、虫けら同然に殺したり捨てる親が居ます。何とかならないものでしょうか?。

今のマンションを買った時、最初の理事になってから、二十数年後に回って来た理事の仕事が大きく変わっています。夕方に通常の理事会が有り、一時間後には数棟の理事が集められ、管理人室に設置されてるセキュリティー設備の説明や、モニターの映像の見方とか、別の場所に有るポンプ室に案内され、構造を教えて貰いました。

防犯システムの仕組みと、カードキーや普通の鍵が各理事に渡され、何か有った時に使うようにと言われても、自分の身を持て余してるのに、一旦緩急に対応できる筈が有りません。お見受けしたところ、皆さん高齢の域に達してらしゃるようだけど、男性もいらっしゃるから、面倒な事はお任せしようと思ってます。

管理人室の奥の壁に何やら紙が貼り付けられていて、いざと言う時に誰かの援助が必要とする人のリストが目に入って来ました。上から順に見て行くと、我が家の部屋番号と、高齢者の独り暮らしと書いて有り、連絡先の携帯番号と関係は、長男と有ります。以前書き込み用紙に記入するようにと言われ、連絡先を記入したからです。

エレベーター内の説明の時は、突き当りの扉の鍵を開けると空間が有り、救急車要請でタンカを運び入れたり、あとは言い難そうに棺桶を運ぶ時に使います。後ろの方で眺めながら、一番先にお世話になるのは私だなって思い、無言で見て居ました。理事が順番だと分かっちゃいるけど、冥土に行きかけてる人間に何をさすねん。とぼやいてます。


テレビでは一日中、戦時から終戦の話題で持ちっきりって感じです。女学校に行き勉強する筈だった私も、まさか軍需工場で働くなんて夢にも思って居ませんでした。時代の流れって恐ろしいと思います。其の時は大きな旋盤の前に立ち、何を削ってたんでしょう、当時14歳くらいの子供に任せる仕事じゃ無いです。

工場でお昼に玉音放送が有ったのも知らなくて、放送を聴いた人伝で終戦になった事を教えて貰い、あ~空襲警報が鳴らなくなったんだと、心底ホッとした事を思い出しました。私が非常識だからでしょうか、戦後70年も経つのに総理大臣が代わる度にひつこく謝罪を求める異国の人の気持ちが分からないのです。

日本が戦時中に支配してたり、ご迷惑を掛けた国に、お詫びの補償は済んでるんじゃ~無いかと思ってました。悪い事をすればお詫びをしなくちゃいけませんが、今の総理大臣が生まれて無いし、戦争の事は何もご存じないと思うのに、先祖の過ちは人類が滅びるまで続くのかと気が遠くなりそう。望んでも居ない兵士として駆り出され戦死した人や、内地で爆撃で焼け出されたり、亡くなった人や国民もみんな被害者です。

私は子供だったからか、出征兵士に送られて来る赤紙を見た事が有りません。誰が喜んで戦争に行きたいものですか、叔父が出征する時、見送って下さる皆さんに、挨拶する台の上で脚がブルブル震えて居たのを、今でもはっきり記憶して居ます。兵隊に行きたく無くて逃げた人も居たらしく、周囲から非国民とそしられ、肩身の狭い思いをされたご家族も居たようです。戦争は「百害あって一利なし」と私は思います。

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