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M子の、M子による、M子のためのブログ

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今日は娘が送ってくれた、色んな食品入りの荷物が来る日です。午後とお願いしていたのに、お昼近い午前中に配達されました。食品の中から出て来た、指が痛くても履ける丈夫な靴は、外側はがっちりと、内側はソフトな布で包んでくれる優れものです。

難を言えば、フリーサイズ?男性なら良いけれど、少し大きめで外では歩き難いと思いました。見た目はごっつい感じ、でも温かくて冷え性の私は、夏はクーラーで冬は足元の寒さに、部屋履きとして欲しいです。災害時に備えて、ベッドの下に置いとけば役立つと思いました。

今夜も送ってくれたパック入りご飯をチンし、容器に移したら中身が少ないと感じ分量を確認すれば150gです。私の思い違いかと、他のメーカーを見たら200g入り、50gも少ないと鈍感な私でも気付きます。今まで何気に食べて居たけど、分量が少ない分は安く無きゃ~合点がいきません。

送ってくれた中身もそうだけど、包んでる新聞を読むのも楽しみです。朝日新聞に福沢諭吉の事が書かれ「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」の後に「と言われているが、現実はそうではない」平等な社会を築くために学ぶのではなく、人の上に立つために学ぶ。そのための学問の勧めでした。

此れ等は、記者 有田哲文氏が書かれた文です。福沢諭吉は、自身の武士の血筋を重んじていた。人身にたとうれば、百姓町人は国の胃の腑{ふ}にして、士族は其の脳の如く、又腕の如きものなり。脳や腕を鍛えずに胃だけを丈夫にするなら、この国は豚のようなものになってしまう。他にも色々と書かれているのを、興味深く読ませていただきました。

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今朝LINEに着信音が鳴り、無料で使わせて頂いてるCMかな?くらいです。暫くして見たら、ケアマネさんから印鑑を持参するようにでした。近くの事務所に行くと「近い内に市の方が様子を見に来られるので、其の時に私も同席させていただきます」

私が来訪者は好まないと言っても、ベッド横の小さな柵を、賃料を出し借りてる限り、支援を受けてる者とみなされ、断るわけには行かないようです。我ながら、ホント往生際が悪いと思います。こんな調子だから、素直に助けを呼ぶことが出来ません。

夕方に歯の治療に行く道中で、夕日を背に受けた影がやたら長くて、季節はやっぱり秋でした。出た序にスーパーに寄り、いっぱいの買い物です。野菜の冷凍食品を見れば、インゲンとか南瓜、お目当てのほうれん草が無くなっています。仕方なくお手軽な、エビチャーハンを買いました。

今夜の手抜きご飯はヒレカツ弁当と、もう一品のお惣菜、真空パック入りの「筑前煮」と「おかず ごもく豆」大豆・人参・昆布などの煮た物です。一人なりゃこそ、美味しく頂きました。外食するよりも、安上がりだと思って居ます。今は生きてるのがやっとで、何もする気が起きません。

明日はゴミ出しの日で一回パスしてるから、果たして靴が履けるかな?です。私が若い頃は、普段の履物はスニーカーじゃ無く下駄でした。足の小指がねん挫し、こんな時に鼻緒つきの履物が良いと思ったけれど、履きなれない物は無理かなです。

昭和の初期に幼い子が歩き始めた頃の履物は、下駄じゃ無く可愛い草履で脱げないよう踵の所に紐が付いていました。私もハワイで買った、お洒落な鼻緒付きの履物が有るけど、幼児と同じで、踵に紐つきじゃ無ければ歩けなくなっています。

幸い病院に行くほどの怪我じゃ無く有難いけど、ほんの少しの痛みなのに日常生活がし難くなりました。こんな時に気の合う相棒が居た方が良いのかな?、やっぱり気の弱い私は気楽な一人暮らしを選びます。長生きしてりゃ、いずれ誰かのお世話になる時が来る筈です。

先日も娘に「余計な事をしてまで、長生きさせないでね」と言いました。昭和を生きた人は何故か長命な気がして、私は頼りにしてる子より長生きし、そして誰も居なくなったが心配です。取り合えず明日は靴が履けますように、何とかなるさと明るく生きて行くことにします。

足の小指と左腕の付け根辺りに、数日前から湿布をしていても効かないみたいです。湿布袋に印刷された使用期限を見れば、2019と書かれています。毎日欠かさず貼り替えていたのに、無駄だと気付き、筋肉痛などに効く塗り薬にチェンジしました。

動くなと言われてるけど、言われなくても動かない私は、食べること以外は”静”の姿勢です。暇人の頭に浮かんだ、芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」に興味が湧き調べてみました。児童向けの短編小説とか、元は1896年にヨーロッパ人のポール・ケイラスが書いたのを、丸パクりだと言ってる人がいます。

物語は、釈迦が極楽を散歩中に、蓮池の下の地獄を覗いた時に、苦しんでる罪人の中に、カンダタと言う男を見掛けました。彼は殺人、放火、泥棒もしたけど、一度だけ善行をしたことが有り、釈迦が地獄から救出するのに、一本の蜘蛛の糸を投げおろしました。

天から垂れて来た蜘蛛の糸を見たカンダタは、糸に掴まり昇りはじめ、下を見下ろすと多くの罪人が付いて来ています。「この糸は俺の物だ」と言った途端に、糸が切れ地獄に逆戻りです。無慈悲に自分だけ助かろうとしたのを見た釈迦は、蓮池から立ち去ったお話です。

なぜ蜘蛛の糸か?ロープじゃ無いのか?奇跡の産物だから、糸の強度は問題ない筈だそうです。他の人物が、物語に出て来る、カンダタ?変な名前だと思ったけれど、西洋人が書いた本だと分かり、なるほどなと納得できたと書かれていました。興味が有る事ばかりで、退屈せずに過ごしています。


今日は火災報知器の点検日、忘れちゃいけないと配られたお知らせの紙をパソコンラックの上にぶら下げたり、昨夜はカウンター上にメモした紙を置いたりしていました。ところが朝から体調が優れず、来訪者を迎え入れるのに室内の片付けは無理です。

点検は午後からなので、点検員様、体調を崩し休んでるので、今回はパスして下さい。要請文を紙に書き、玄関横の新聞受けに挟みました。点検の終了時間が過ぎた頃を見計らい、新聞受けを見たら読んで頂けたようで、紙が挟み返されています。

今夜もガスやエアコンのスィッチ消し忘れたり、日を重ねるに従い意識が朦朧としてくるようです。夕方に娘からの電話で「足の調子はどうですか?」「出掛ける用事が有り、靴を履くから痛んでる」「固定して動かさないよう言ってるのに、人の言う事を聴かないホンマに頑固やね~」

動くなと言われなくても、殆ど椅子に座ったままです。一人暮らしだけに、少々不便な事が有っても、誰の干渉も受けずに自由に暮らせる事に感謝しています。ラジオだけしか無い昭和と違い、今は食料が豊富だし情報は溢れ過ぎくらい、退屈知らずに過ごせる良い時代になりました。

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