自覚症状として、周りや自分の身体が揺れてる感じがしたら、脳腫瘍、脳梗塞の疑いが有るかも、鬱病{うつ}のきっかけにもなるから注意が必要だそうです。めまいは大体が首のコリから来るようで、首から脳に行くセキズイ液の流れが悪くなると首のコリが起きると言う、めまいと首のコリとは密接な関係が有るようです。
首の周りを軽くつまんでマッサージをするか、筋肉をほぐす薬剤を使いますが、ドクターショピング{受診する病院を変えること}をしないで、先ずは医師の指導を受けながら治すことでしょう。めまいがしたらメニエール病を疑いますが、パーセンテージは低いと言います。血圧が高い人にめまいが多いかと思えば、めまいから血圧が高くなってるようだとも。医師は「にわとりが先か卵が先かと同じでしょう」と言っていましたが。
脳{偏頭痛}は30% 耳{耳鳴り、難聴}40% 目{かすみ目、ドライアイ}40% 首{首のコリ}80% 首のコリから来るめまいが多く見られますが、よく肩凝りと間違えられるようです。パソコンの前に同じ姿勢で長時間座って居たり、首を締め付けるような衣服やネクタイ等には気を付けた方が良いのでしょう。冬のめまいは脳の病気が潜んでいて、とても恐いとのことでした。
どうもこんにちは。孫の無垢哲(ムクチョル)です。
深夜、このブログの主M子から電話がかかってきて、何のことかと思えば、ブログにエラーが出たとのこと。
丁度パソコンを開いていたのでこのブログを見てみるや、「クリスマスが来るのかな?」という記事が9件も連続投稿されているではありませんか。
どういうことかとM子に尋ねると、こういうことらしいのです。
「クリスマスが来るのかな?」を投稿しようとするM子。
↓
丁度その時パソコンにエラーが発生。
↓
構うものかと何度も投稿ボタンを押すM子。
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連続投稿が発生。
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エラーで投稿できなかったのかと思い、25日付の日記を書き直すM子。
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そして書き直された、「ツリーの電飾が欲しい街」。
↓
「クリスマスが来るのかな?」を連続投稿した事実が発覚。
そういうわけで、M子の依頼により余分な記事を削除しておいたんですが、
連続投稿された「クリスマスが来るのかな?」も一件だけ残しておきました。
つまり、25日付の日記が、
「ツリーの電飾が欲しい街」と、
「クリスマスが来るのかな?」の二件あるわけですね。
以上、25日付けの日記が二件あることについて無垢哲より補足でした。
それにしても近くの商店街は普段と変わりなく静かに商いを続けているようです。せめて賑やかな音楽でも流して景気を盛り上げればと思います。これも騒音と言われたらと遠慮しているのかな?ホントこの頃の商売は難しくなっているようです。ガソリンの値上げが影響しているのでしょうか、それで無くても寂{さび}れ行く街の灯が物悲しく見えて辛い気持ちになります。
今日、来年の福袋の予約に行って来ました。応募が多ければ抽選だと聞かされて、そう言われると余計購買意欲がかき立てられ、絶対買いたいと思うのは人間の心理なのでしょう、取り敢えず新年をむかえてのお楽しみと言うことで、福袋の中身は写真入りで分かっていますから、後は抽選に当たるかどうかの楽しみだけです。近日中に梅田のクリスマスツリーの灯を求めて、老人特有の徘徊をしてきましょう。
中心部の街ではクリスマスツリーの電飾が綺麗だとニュースが伝えているのに、此の街には気配すら感じられません。未だ普段どうりのたたずまいです。ま~余所の国からぱくった行事なのだからどうって事ないような気がしますが、此処は賑やかにぱっと景気良く騒がんと年末が来たような気がしないのです。
やはり景気が良くないのでしょうか、ガソリンが値上がりしてから色んな物の便乗値上げも有るようで、暮らし難くなってきているから呑気にクリスマスツリーなんて言ってる場合じゃないのでしょう。何と言っても日本特有のお正月をばっちり決めんとあかんでしょう。あくまでも他力本願でクリスマスがやって来て欲しいのです。
先日も知人がクリスマスをパスして、お節料理は毎年同じ処に頼んでいると言うのを聞き、内心、すげ~って思いながら聞きました。我が家と言えばおせちどころか普段と何ら変わる事のない食事風景で、これも唯、面倒臭いことが嫌だから手抜きしているだけです。御馳走は外に行って食べれば良いんだからと達観しています。やっぱり街はクリスマスソングで賑わって明るい方が良いですね。
勿論子供達は学校へも行けず街に出て働き、家族の生活を支えていますが、今ストリートチルドレンが25万人も居て路上に寝ていると聞きましたが、それは親に捨てられた子供や、虐待されて家出してきた子供達がムンバイに集まって来たようです。
街で見掛けた盲目の老人{70才}と7才の少年が物乞いをしている姿を見た人が聞いたところ、少年の片親は亡くなり残った親にも逃げられ、姉の所に身を寄せて居たけど、姉の夫の虐待が酷くてムンバイに逃げて来て、盲目のお爺さんと出会い共に暮らすようになったと言います。お互いが助け合う良い関係のようでした。
此の二人、一日、一回はモスクに行きます。礼拝に来る人達に物乞いもしますが、此処では必ず食事の施しが受けられて、此処での食事がこの子の命を救っているのです。お爺さんの小屋には他にハンセン病の人や足の不自由な人が共に住んでいました。一人では生きられない人達が寄り添って生きているようです。
大金持ちとその日の糧に困る人の格差が余りにも開き過ぎのような気がして、経済大国になったと言われるインド政府がもう少し、困ってる国民や子供達に救いの手を差し延べて上げてくれたらと願うばかりです。