M子の、M子による、M子のためのブログ
昨日は朝から体調が優れずと言うか、胸が締め付けられるような感じで、いよいよ来たかって思うと、一番に頭に浮かんだのは姉の年金の事です。私が運べなければ誰かに頼むしかなく、慌てて近くに置いてるノート大の紙に、郵貯の通帳とカードを分かり易いところに置き暗証番号と、お金を出し届けて下さいと書いた後、皆さんに此れ迄のお礼を書きました。
果たして遺言として役に立つかどうか分かりませんが、書かないよりは書いてた方が良いかなと思っただけです。普段から娘や孫に「息子に全てを任せてるので、何も言わないで欲しい」と伝えてるし、みんなも納得してくれてるから、問題は無いと思いながらも、ただ私の姉の事で迷惑を掛けるのは忍びなく、事務的に処理して下さいと頼んでいます。
姉も戦争の被害者で、二十歳の時に死線を彷徨い何とか命を繋いで来ました。頭も良く健康だった人が、敵機から落とされた焼夷弾で障害者となり、九十四歳までも長生きするとは信じられないです。先日もメールで、どちらが先に逝くか分からず、もしも私が先に逝ったら、年金の事は孫に頼んどくわねと言いました。返信で「宜しくお願いします」百歳まで生きそうです。
夕方と言っても明るく、歩くのが目的でスーパーに行きました。エレベーターで一緒になった小学生二人の少年と「こんにちは」と挨拶をし、降りた時に「さよなら」と同時に、一人の少年がハイタッチしてきたので、思わず手を合わせたけれど、大丈夫か?です。同じ方向へ歩き始め「お稽古に行くの?」「プールです」エレベーター前で別れるとハイタッチした少年は、何だかきまりが悪そうに歩いています。
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もう直ぐ終戦から七十五年も経たんだと、学徒動員で工場の旋盤の前に立ち、何やら分からぬ鉄の部品を削っていた日の事を思い出しました。お昼にラジオで重大放送が有ると聞いてたけれど、私達は後から、昭和天皇のお言葉で戦争は終わったと教えられ、心からホッとしたのを覚えています。
女学校二年生の少女が、今まで見たことも触ったことも無い旋盤の前に立ってること自体あり得ないことです。子供心に無駄な戦争は早く終わって欲しいと、常々思って居ました。戦争が終われば安心かと言えばさに非ず、米兵に何をされるか分からないの恐怖が募り、精神的に落ち着かなかったです。
終戦になり何が一番良かったと言えば、警戒警報や空襲のサイレンが鳴らなくなり、夜はゆっくり眠れます。田舎に疎開していても、小さな軍需工場でも狙われる恐れが有り、現に工場の帰りに田んぼの畦道を歩いていると、小型飛行機が急降下し、バリバリの音と共に機銃掃射を受けたとき、此れ迄と覚悟を決めました。
その後に知ったのは、村の二軒で家の中に居た女性が二人、頭に銃弾をうけ亡くなったり、怪我をした人が居たのです。此の話は随分前に書いた記憶が有ります。神戸でうけた爆弾や焼夷弾よりも、飛行機が急降下し機関銃で狙い撃ちされる恐怖の方が何倍も怖く、生きてる限り忘れる事は出来ません。戦争は「百害あって一利なし」だと思います。
今日もなぁ~んもしない内に更けて行くようです。退屈しながら時間が来れば食事の支度をし、たらふく食べると気付けば居眠り三昧夢の中にいます。明けても暮れてもテレビは付けっ放し、何度も同じニュースを嫌ってほど観てるからか、記憶力が衰えてる割には誰かにご披露できるくらいに覚えてるみたいです。
興味深かったのは、キューバのカストロ議長の話や、チェゲバラは医師だったと言うこと。人口千人に対し、医師が六人。日本は人口千人に、二、六人。ファミリードクター制度が設けられ、一人の医師と看護師が二百世帯を訪問してくれるとか。余談ですが、テレビドラマで「わたし失敗しないので」のドクターXの女医は、キューバで学んだ設定になってるとも言っていました。
今までキューバの事は知らなくて、今日聞いた話は、院内感染をさせない対策として感染者と家族を隔離し、無料で治療させたりできるのは、医師を海外に行かせ、外貨を獲得させて財源を得てるのです。但し食料は今でも配給制で、貧富の差は無いと言っています。昨日大阪府知事の吉村さんが、ポビドンヨードで口をすすぐと、殺菌力が強く、重症化を防ぐと言ったら、マスク同様ポビドンが売り切れになったとか。
他の医師が言うのには「くちの中のウイルスが減っても、鼻の奥のウイルスは生きてるので、パッと吐き出す時にウイルスが飛び散るうがいを、私はおすすめしません」ウイルスは唾液を介して移すらしく、ポビドンヨードは治療薬じゃないので、妊婦さんや風邪の症状がある人、医療従事者、介護者、甲状腺に異常のある人は使わない方が良いと言っていたような。うろ覚えのことを書いて居ます。
姉からのメールに、年金支給日は土曜だから金曜日に出しに行ってねと、何度も言って来るものだから、少しボケ始めてる脳が勘違いしのか、今度の金曜日が十四日と思い違をしたようです。読みたい本が有るので買っといてと頼まれ本屋さんへ、出た序に予約をしようと近くの美容院に向かいます。
店内に入り予約がしたい旨を伝え、お互いの都合の良い日を選ぶのに、勘違いしたまま年金支給日だけ避ければいつでも良いと言えば、じゃ~今度の日曜日に来てください。それでも私の頭の中は今週の金曜日は十四日です。出たからには歩こうと、お決まりのコースはスーパーへ、手にした籠が重たくなるまで買いました。
帰宅して美容院の予約日をカレンダーに記入しながら、今日は四日だったと気付き、そうとうボケが進んでる事にショックを受けています。家を出てから帰宅するまでの所要時間は短かったのに、肌着は絞れるほど汗でグッショリになりました。暑いのは苦手で外出したくないと思っても、色んな用事を言って来る姉に勘弁してよと言いたいです。
家に居ればパジャマで過ごせるけれど、外に出て行く時は其れなりの身支度をしなければならず、若い人と違い高齢になるほどに見苦しい姿になり、手間と時間が掛かるから、出来るだけ外出はしたく無いと思っても、頼まれたら無視する訳にはいかなくて、我が子にさえ気を遣い頼めない私は、運動させてあげてると公言する姉がほんと羨ましいです。
普段から心掛けれる事は、どんなに困った事が有ってもSOSを出さないようにしています。出来るだけ迷惑を掛けないようにと思ってるけど、本音は助けて欲しいと声をあげたいのです。これは昭和生まれだからでしょうか?。我ながら辛抱強いなって思う時も、生まれながらの性格から来てるのかも。
其々の家庭にも色んな事情があると思うと、気安く声を掛けちゃ悪いんじゃ無いかと声を掛け難いってことも有ります。最近は特にコロナでみんな神経が尖ってるから、人の事どころじゃ無くなってるので、私は息を殺し、ひっそりと騒ぎ立てないよう暮らしていますが、外出自粛と言われ悲しいかなお誘いが無くなりました。
春のお彼岸にお参りのあと、食事に誘われたけどコロナが怖くて断り、お盆の時は大丈夫かと思いきや、どんどん酷くなってきています。知人と会えなくなるのがこうも長引くとは、想定外のことで本当に寂しいです。無理に繁華街に向かうのは怖いし、ここは我慢のしどころだと思うことにします。
昨日は部屋の整理を頑張ったので、きょうは一日中ぐうたらとおやすみです。ラジオしか無かった時代に比べれば、今はテレビやスマホが有り退屈してる暇も無く、こんな時代に生きて居られることに感謝しながら、今夜も良い夢が見られますよう眠りにつきます。
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プロフィール
HN:
M子
年齢:
95
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD鑑賞
自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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