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久し振りに姉の所に行って来ました。何時ものように取り留めのない話をしますが、帰りに数冊の読んだ本を、捨てても良いから拾い読みをしたらと渡され、ページを開き読み始めた文面には「煙のような存在をひそめた男と言っても、彼が匂いを持っていたとみるのは誣告である」ぶこくは、故意に事実を偽って告げる事だと私でも分かります。
続く文に、話をするとその体温がしみじみ伝わってくるような温かみと、時には倨傲{きょうごう}とさえとれるほどの座りのおおらかさを持っていた。とか、落莫{らくばく}たる現実の中で、負け惜しみや衒{てら}いという影はどこにもない。この本の難しい字にはフリガナはついてるけど、勉強不足の私には意味が分かりません。
本を読むのに辞書を片手に調べるだけで、疲れ果てながらも読み進むと、いつの時代でも「だ夫」{PCで字が出ないけど儒のヘンがリッシンベン}を鬼死{鬼にリッシンベン}{きし}せしめる力がある。野望も嫉妬も瞋恚{しんい}も厚い皮膚の底に押し込めて、舞台を語る落魄{らくはく}の俳優の述懐。この本にはPCにも出て来ない字が多くて、いささか困惑しています。
きょうごうとは、おごり高ぶる事。傲慢。落莫とは、ものさびしい様子。衒いは、自慢そうに示す。だふは、いくじがない男。臆病者。瞋恚は、調べても分からずです。落魄は、落ちぶれる事。さっきはきょうごうの字が出たのに、二度目は出て来ませんでした。昔の人が書かれた文章なんでしょうか、無知な私には難しすぎたようです。
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今日はゴミの日だからと早起きしたにもかかわらず、排水溝の掃除やシンク回りの掃除をしてる内に時間がどんどん過ぎて行き、ゴミを持って玄関の鍵を閉めてるとゴミ収集車の到着だよのメロディーが聞こえてきたので、思わず歳を忘れてエレベーターホールまで走り、何とかゴミステーションに辿り着く事ができました。
カラス除けの網を外しながら、管理人さんが笑顔で「お元気そうですね」きっと内心では、もうちょっと早く出しに来いよ、って思われてるんでしょう。私自身は未だ走れるんじゃないかの冒険心で、玄関からエレベーターまでの廊下を、誰も見ていないのを良い事に、小走りをして楽しんだりしています。
一人暮らしの生ごみは、スーパーで渡される小さな袋で間に合いますが、ゴミの分別でプラスチックの空き袋が多くて、三週間で特大のビニール袋がパンパンになるのを見ると、最近の食品の殆どがビニ袋か、プラスチックで包装されて居るようです。注意書きに「紙のラベルを剥して、容器を洗い乾かしてから出して下さい」
此のラベルが曲者で、剥がれやすいのもあるけど、しがみついて中々剥がれないラベルも有り、電気ストーブを付けてる時は温めて剥がしていました。商品に寄りけりでスッと剝がれる物も有るのに、企業もラベルを剥がす身にもなってよと思いながら、お湯で一晩漬けてふやかし苦労してるので、ご一考をお願いしたい物です。
二日ほど家に引き籠っていたので、歩けるうちに歩きに行こうと少し離れたスーパーへ買い物に出掛ける事にしました。今迄駐車場だった所が更地になったと見てると、数日後は綺麗に整地された所に区割りが出来てるので、分譲住宅が建つんだろうと思います。一時期は空地が出来た直ぐに、雨後の筍状態で駐車場が乱立していました。
最近は駐車場の需要が減ったのでしょうか、今まで有った有料駐車場が潰され、住宅地にされて行くようです。一戸建てだと各家に駐車場が付いて居るから、高い駐車料金を払う必要が無くなったから、と言っても他所から車で訪れた者には車をとめる場所が無いと、監視員に違反切符を切られるので困ります。
家の近くでも大きな建物が無くなった途端に、ワンルームや介護施設が建ち、入居者募集の看板が立ってたり、分譲の一戸建てが建つと直ぐに売れて、小さな子供達が遊ぶ姿を見かけるようになりました。囲われた一角の住宅道路で幼い子供達を遊ばしてるのを見て、仲良しの時は良いけど、もめ事にならなければの老婆心。
私の周辺の皆さんは、良い人ばかりで住みやすいけど、時々テレビで観る変な人が近くに居たら、借家なら引っ越す事ができますが、分譲だとおいそれと引っ越すことが出来ません。家を買うのも運不運、良い籤をひけば言うこと無しだけど、新しく住む人たちばかりで、昔のようにご近所の情報を得る事もできず、今後のコミュニケーション次第だと、老いた野次馬が心配しています。
普段の私の動きが活発だったのか、六十代あたりから実年齢より若く見られていたのに気を良くしていました。今は四捨五入して九十才と言われてるから、どんなに贔屓目に見ても八十才です。八十と言えば超高齢もいいところ、オーストラリア旅行の電車の中で、数人の人が席を譲ろうと立って下さったのが分かります。
自分ではまだ若いつもりが、悲しい事に傍目には完璧なヨボヨボのお婆さんにしか見えないのでしょう。年齢と共に坂道を転げ落ちるように体が衰えると、先人達から聞かされ知って居た筈です。親戚の女性で長生きしてても、寝たきりで言葉も話せなくなってるのを見て、私は現時点で自力で生きられてる事に感謝しています。
若かりし頃は、普通に生活できて当たり前だと思っていたのが、体のあちこちで神経痛のような痛みが走り、二日ほど経つと嘘のように治まり、忘れた頃に場所を変えてまた痛みだすの繰り返しです。何処かが痛みだしたら、痛みと戦ってる間は退屈している暇がなく、時々気合いを入れられてるんじゃないかと思います。
毎日のように色んなニュースを見て、ショッキングな事があれば、驚いたり悲しんだりと、其れにしても此れが日本で起きたことかと、余りにも刺激がつよ過ぎて付いて行けない感じです。戦争は無くなったけど、本当の平和はいつ来るのでしょうか?昔人間には理解に苦しむ事ばかり。今夜も老婆の繰り言で更けて行きます。
先日パーマをあてに美容院に行き、帰る道すがらの写真館の前で足が止まりました。店頭に飾られたご家族の何かの記念写真でしょう、店頭に飾るだけ有り皆さん良いお顔をしていらっしゃいます。店内を覗き見たけれど人影はなく、入ろうか辞めようかと暫く二三歩行ったり来たりした挙句、店内に入る事が出来ませんでした。
以前に此の写真館の立て看板に「遺影を遺されては」とか書かれていたの見たことがあるので、美容院で綺麗にして頂いた時に、写して置けば亡くなった時に慌てずに済むと思ったからです。今迄は証明写真だから顔ばっかりって感じで、アップに耐えられない顔だけに、とてもじゃ無いが遺影には向かないと自覚しています。
証明写真は最近のを要求され、二枚一組だから手元に一枚残るので、夫や息子達家族の写真と同じ場所に、私のでかい顔の写真を紛れこませてるつもりが、なぜか一番目立ち、毎朝亡き人達に手を合わせる度に、私の顔が迫って来るような気がして嫌だったのが、最近になりやっと自分の顔に見慣れてきました。
未だ死と関係が無いとき、夫との会話で「どちらかが亡くなった時の遺影はこれにしようね」と選んだ写真が有ったのに、突然の死を前に気が転倒してたのか、何でこんな写真を遺影にしたのかと今でも後悔しています。常々娘から「遺影の写真に目印を付けといてね」たぶん目立ってる、でかい顔を選ぶんだろうなって、生きてる人のなすが儘になりそうです。
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