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嫁姑問題は永遠のテーマだと聞いてますが、お互い生まれも育ちも違うんだから無理もない話だと思います。近々知人の息子さんが結婚するそうで、上手く付き合って行く方法が有るかと聞かれました。自分がされて嫌だと思う事は、相手にもしちゃ~いけないと言うのが私の持論です。
話の途中で息子さんからの電話が有り、聴くともなしに耳に入ったのが、姑になる人がお嫁さんの名前を呼び捨てにしています。遠い昔私が結婚して初めて夫の実家に行った時の事です。夫の父は私の名前に「ちゃん」を付けて呼んでるのに、姑は自分の娘には「さん」付けで私を呼び捨てにして、気を悪くしたことを思い出しました。
ほんの小さな事でも、後々ワダカマリとして尾を引くものです。姑も若い内は威張って居られるでしょうが、いずれ歳をとれば衰えて行くのに、時々勘違いをして偉そうにする人がいるからややこしくなりますが、幸いな事に息子のお嫁さんは、機械に強くて賢かったので、私が尊敬していたので、仲良く出来た一因だと思っています。
お嫁さんの実家が近くに有り、共働きだった夫婦は子育てするのに、随分助けて貰ったと思います。時々私にも手伝ってと声を掛けてくれて、子守のお手伝いが出来て嬉しかったです。お互いが優しい気持ちで接したら良いのに、どちらかが偉ぶるか、馬鹿にするから、収拾のつかない揉め事に発展するような気がします。実の親子でも殺し合うご時世だから、同居は本当に難しそうです。
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人それぞれの考え方が有るなと思ったのが、お正月に欠かせない数の子です。或るお宅に伺った時に出された数の子が、食べやすく切られてたので、大きな侭で出すよりは食べやすくて良いなと、真似をして家で切って出したら、折角大きい物を切ったら値打ちが無くると注意されました。
店屋で折れた数の子は安く売ってると言い、大振りの物は高く、小振りの物は安いのが相場だとも、折角高いお金を出して大きな数の子を買ってるのに、何で切り刻むんだと言われたら、成る程と納得出来ます。食事の後はデザートのイチゴです。大粒のイチゴだったからか、半分に切った物を盛って出されました。
先日息子が来た時に同じようにして出すと、何で切ってるの?と不服そうに言われたので、切って無いのを出しましたが、ポリシーを持ってない私は、人の振り見て我が振り直せ?で、良いか悪いか分からぬ侭に、良い年をして世間知らずと言うか、何でも真似をしてるけど、其々のお家に流儀が有るようです。
此れも良い考えだと実行してる事が電子レンジで、何か温めて居ても忘れる事がしばしばありました。同じお家で目にしたのが、横開きの電子レンジをきっちり閉めない事です。閉まってれば中に何かが入ってるけど、少し開いてたら中は空っぽ、良い考えだねと言ったら、閉め忘れてるだけですと言ってますが、私は重宝して居ます。
先日の続きでしょうか、また戦時中の出来事を聴いてきました。戦時中に3月の空襲で神戸にB29が、一日に何度も飛来したのかと、時間帯は決まってないよね。アメリカから直接飛んで来たのかな?其れとも何処かに中継地点が有ったんでしょうかと、問われるまでは其処まで気にした事が無かったな~。
住んでた家は空襲で焼けたの?と、戦争を知らない世代の人に幾ら言っても想像が付かない事だと思います。焼け出されて直ぐに疎開したの?とか、市電は普通に走ってた?の問いに、終戦の2年前位には普通のボロッちいトラックが市民の移動手段で乗るのに、大人の男性に手を引っ張って貰い乗った記憶が甦って来ました。
防空壕は家の傍に掘ったの?、道端にも掘ってたけど、家の畳を上げ床下に大きな穴を掘ったけど、あんな所に避難したら、今頃生きて居ません。焼け跡を見に行くと、大きな瀬戸物の火鉢が残ってるだけで、家は綺麗さっぱり焼けました。焼けて直ぐに疎開したのかとの問いに、今の三宮センター街の中ほどに有った、叔父の家に避難したと答えます。
戦死した叔父の妻と幼子二人の三人暮らしの家の二階に、移り住まわせて貰いますが、6月の空襲で再び焼け出され、其の時に叔母と三才の親子が行方不明のままで、私がおんぶしてた一才に満たない子は無事です。今度は別の叔父の家に移り住んだ数日後に祖父の知人を頼り、疎開しますが叔父の家財道具一式は、当時活躍してた馬に荷台を付けたもので運びました。
人間は汽車で移動ですが、戦時中は汽車に乗るのにも切符の制限が有り、買うのに大変だった事が思い出されます。敗戦が色濃くなった頃には、人間が貨物列車に乗せられたり、さすがに屋根に乗る人は居ませんが、デッキにぶら下がってるのは当たり前で、振り落されたら死んじゃうよと思う事もしばしば、例え死んでも誰も問題にしなかった筈です。振り返えると凄い時代だったと思います。
此の頃のニュースを観てると、子供が親に虐待され脳に障害を持ったり、殺害されたと言うものが多いように思います。先日に見たのは保育園?だと思うけど、幼児を包んで紐で縛り動けなくして、最初に見た時は荷物を梱包したまま放置してるのかと、ホント信じられない光景にビックリしました。
今日もニュースで、自分が産んだ子を揺さぶり、3歳になってるのに歩く事は勿論の事、お喋りする事も出来ず、生後10ヶ月くらいの育ち方だと言ってます。子供が嫌いなら産まなきゃ良いのにと思うけど、人それぞれの事情が有り、育てることが困難なら、役所に相談すれば助けて貰えるんじゃないでしょうか?。
平気で子供を虐待したり、殺したりしてるニュースを観る度に、昔はそこまでしなかったような気がします。現在の建物が影響してるのか、生活様式が洋風になった関係で「隣は何をする人ぞ」其の物です。下手に近所付き合いをして、もめ事に巻き込まれるよりは「触らぬ神に祟りなし」と言う事だと思います。
核家族にも一因が有るのかな?と、面倒な親と同居するより気楽な事は確かです。但し子育てに親世代のサポートは必要不可欠とまでは言いませんが、色んな知恵を出して応援してくれるような気がします。困った時は誰にでも良いから、SOSを出せば赤の他人でも、きっと手を貸してくれる筈。結構人情は廃れて居ないかもです。
毎年の事ながら年度替わりって本当に厄介で、火災報知器なんかそうそう壊れる物じゃ無いと思うのに、年に二回検査に来て、業者さんが機械を当てると、多分火事と同じ状態になるのでしょうか、アイホンのモニターに火災発生の恐ろし気な画面が出て、大音量の警報音と共に、大声で火事です火事ですと騒がしいんです。
自己判断で火災報知機の検査は、年に二回も要らんやろうと思うから、秋に来るのは丁重にお断りしてるけど、問題は年に一回、春の下水の配管掃除をしに来て下さる同じ日に、まるで狙ったかのようにやって居ます。見も知らぬおっちゃんが家の中にずかずかと入って、あちこちの部屋を歩き回られるのは嫌です。
以前、別棟を見学した時の事、天井なら未だしも、何故か押入れの側面に火災報知器が付いて居ました。キッチン・洗面所・リビング・各部屋と、招かざる男性が我が物顔に歩き回ってるなんて、ホンマに許されへんわって、顔に出さないけど何時も心の中で呟いています。汚くしてる私に羞恥心が有るって事なんでしょうか。
両方の業者さんの来る日が迫って来ました。普段から排水溝の汚れは気になるので、こまめに掃除はしてますが、キッチン周りに置いてる物が、え~と思う一方で何で?と疑いたくなる位に置かれています。沢山のお家を廻ってる一軒なんか、忘れてくれると思いながらも、恥はかき捨てと言うのには、年を重ね過ぎてるようです。頑張って片付けよ~っと。
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