って面白いのではと思ったのです。
他人さんさら言いにくいかも分かんないがこれが孫だったらどう
だろう「おば~ちゃん中身入って無かったよ」って言うだろうか?
勿論言うだろうな~、「言うんじゃないよ、ば~さんはとっくにボケ
てるんだから」と駄目元で一度試してみようかな?
世間ではよく有る話で、お香典など袋だけでお金を入れ忘れる
人は結構居るらしいから、此処で高齢を良い事にボケば~さん
を演じてみたらどうだろう。
でも善良なば~さんには、そんな真似は出来ません、孫達よ
安心して下さい用意した袋にはお札がしっかりと入っています
から。多いかどうかは別問題で、兎に角ボケるのも並大抵で
は無さそうです。
食事をしに入った時、此の侭代金を払わずに出たらお店の人は
どう反応するだろうかと、此処で偶々思い出した事が有ります。
未だ婚約中の夫と食事をして話に夢中になり、話ながら店を出た
時、後ろから誰かを呼ぶ声が、「お客さん代金をお願いします」と
店員の声に、二人とも全然意識してなかったので近く夫と呼ばれ
る人が直ぐ支払いました。食い逃げをする気なら多分必死で走っ
ていたでしょう。一瞬ハッとしましたが今思えば心ならずも食い逃
げをするところでしたが、これも良い想い出として甦ってきます。
お正月を楽しみにしていたであろう子供達が尤も信頼を寄せていた
父親の手で絞め殺されたニュースを聞き、其の理由が上司と意見
が合わず死のうと思ったが子供を残して逝くのが偲びないからだと
言う事らしい、母親が居てくれれば子供には何の不都合も無い筈、
未来有る子供の命を親の身勝手で断ち切るとは以ての外だと腹立
しく思います。
自分が死にたければ好きなように死ねばいいのです。子供を完璧
に殺して自分は軽傷だと聞けば「オイオイ、それは無いだろ」と言い
たい、こんな弱い親の元に生まれて来た子供こそ災難だと言ってる
場合じゃないでしょうが。一人の子供は助かったと聞き良かった。
そうかと思えば子供が親を殺して逃げてるらしい、此の世で一番信
頼出来る筈の親子関係は根底から崩れていってるようです。
年老いた親の面倒を看る子供の負担は大きいです、でも殺しちゃ~
駄目でしょう、行政に頼る事も出来ずに辛かったであろうと察する事
は出来ますが、もう少し頑張れなかったのかと残念に思います。
少額のお金を狙っての引ったくりや殺人と、師走の声と共に増えて行
くようで安心して暮らして行けません。
今年一年を振り返って見れば決して良い年だったとは言えないようで
寧ろ最低の年だったと言えるのではないでしょうか。
知事初め公務員の逮捕者がこんなに多く出た年は記録に残るくらい
だろうと思います。来年こそは良い年になる事を願わずにはいられま
せん。兎に角、年末に起きて欲しく無い、火事と事故には気を付けま
しょうと呼び掛けたいです。
一つのブログを持て余して、もう止めたいと泣き言を言ってた筈が
孫に新しいブログの場所を与えられ、やっぱり旧のブログに別れ
るのが辛くて、内緒で戻り、旧ブログにも書いていたら直ぐバレ
たようです。当然のように此処で問題がおきました。
以前この場所で書いた続きのような話を書いてるつもりが何と
旧ブログに書いてしまい、後から気付けばトンチンカンな事にな
っているのです一個だけでもアップアップしている者が”何やっ
てねん”状態に置かれています。
当然の如く悲鳴を上げたら孫に「二個も書くからや」と冷たく言
い放たれて途方にくれる始末です。
頭のトレーニングだと、しばらく頑張って書こうと思っています。
何時まで続けられるか分かりませんが、願わくば旧の方も覗い
て頂ければ話の辻褄が合うと思いますので、ご高覧下されば嬉
しいです。
近くに地下鉄が開通したようだから一度乗りに行こうと計画中で
す。一駅づつ降りて外界を見て廻るのも悪くは無いなと、序でに
飲食などしたら結構楽しい旅まがいの気分が味わえるのではと
考えています。
大阪の街は決まった所しか知らないから、此の機会に運動を兼
ねて見て来る事にしましょう。
望んでもいないのに、又一つ歳を重ね、冥土へと近ずいて行くようです。
押し詰まってから沢山の有名人の方々が黄泉の国に向かわれた事か、
惜しまれつつ旅立たれたのに、暫くすると人々の脳裏から忘れ去られて
行くようです。
今晩も江原さんの”スピリチュアルカウンセラー”を見ていると死んだ人と
の会話が出来て其の姿も見えて居るようで「ほんまかいな」って疑い半分
で見ていました。
亡くなった人は成仏出来ずに肉親の周りをうろついているらしいのです。
残されて、救いを求める人々は江原さんの言葉に真剣に耳を傾けます。
肉親はどんなことでも良いから、愛する人からのメッセージを一言も漏ら
すまいと聞き入り悲しみに浸りながら故人に思いを寄せます。
死亡原因、殺され方等、其の時の状況が目に浮かぶらしいのです。
もし本当に故人と話せるのなら私も会って聞きたい事が有ります。
以前、江原さんの本で一回の見料は五万円だったと記憶してますが此の
くらいの料金で懐かしく、愛しい家族と語れるのなら安いものです。
我が家のチェストの上には夫や孫、息子の家族等の写真を並べています。
何時もそれぞれの写真に向かって語り掛けるようにしていますが誰も反応
を示してはくれません。結局自分の心の中に居る誰かに問い掛ける事によ
って自己満足しているような気がしています。
手を合わせて拝むのも自分の為にする行為だと思いますが如何なものな
のでしょう、果たして彼の世が存在するのかと疑問を持っているのです。
日頃怠けている人間は歳末や盆のくれになると慌てて身の周りを片付け出す事を称して”怠け者の節季働{せっきばたら}き”と言います。
今の私がまさに其の通りで、先日から冷蔵庫の上とか食器棚の上を拭いたり、今日は玄関周りを綺麗に掃除したりと大活躍しています。
やはり年末ともなれば汚い侭で新年を迎えるのには忍びなくて、躰の方が勝手に行動して行くようです。
日頃、きちんと整理整頓しとけばこんな苦労はしなくて済むのに、土壇場にならないと動かない、此の性格は死ななきゃ直りそうにないような気がします。
未だ新年迄、日にちが残されてるので頑張って片付けなければ、でも家事は、これで終わりって事が無く、果てしないから途中で挫折して止めてしまうのかもね。
まだまだやらなきゃならない所がいっぱい有ると思うと何だか気が重くなります。ホームクリーニングの商売が繁盛しているのが分からなくは無いです。
片付けが途中で嫌になれば投げ出しても良いやって思う事にしよう、昔から埃で死んだ人は居ないと言うから、な~んて、ともあれのんびりやって行く事にします。
どんなに焦っても後数日で年が変わろうとしているのに、ケセラセラで行きますか。