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今日は東京から大阪万博に来た序に、我が家を訪問する孫が昼過ぎに来るので、大雑把に置いてる周辺の物の整理と、ゴミ出しの日でもあります。娘が昨日送ってくれた荷物が届くのを待たなければと、私なりに大忙しの一日です。
エントランスのチャイムが鳴り、荷物かなとアイホンを見れば孫の姿、ゴミ出しに行ってる間に荷物が届いたらの心配が無くなったのと、孫がゴミを出しに行ってくれました。久し振りの会話は尽きる事知らず、肝心の荷物は指定時間が過ぎても届きません。
事故が有ったのか、日にちを間違えたかなと思い、娘に連絡したら伝票を確認したらしく「野菜や果物なのに、明日の日付けになってる」其れからが孫の出番です。電話連絡で今日の夕方に配達をお願いして、無事に受け取ることが出来ました。
孫が「一緒に来てた妻が、お婆ちゃんに逢いたいと言ってたけど先に帰した」と言うのを聞き、私自身を持て余してるのと、息子の葬儀で会った人をゴミ屋敷に近い我が家に迎えるなんて、とんでもない話だと丁重にお断りしたら、孫は納得してくれました。
お願いだから、そっとしといて欲しいんです。
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前日に何かした明くる日は、何をする気がしなくなります。今日の午前中も、ぼんやりとしたまま椅子に座りっぱなしです。夕方近くになり重い腰をあげ、先日娘が送ってくれた凄く美味しいと言うソースと、昨日スーパーで買った焼きそば麺などを冷蔵庫から取り出します。
やっとやる気が出たのが日の落ちる頃で、モヤシを洗いキャベツを刻んだり、豚肉を解凍したりと準備を整えながら、ソースが入ってたビニ袋の裏側を見ると、焼きそばをうまく作れるレシピが絵入りで書かれていました。
絵付きのレシピはそば麺が一玉で、先に麺を油で炒めてから、同じフライパンで豚肉とキャベツを炒めた後にソースを絡めると書かれています。私は三玉入の麺を全部焼こうとしてるので、先に麺を炒め別の器に入れ、豚肉を炒めた中にキャベツ・もやし・紅ショウガを入れた後、麺を混ぜ仕上げにソースです。
毎日寝て起きて自分一人が食べる事をするのに、立ってるだけで腰が悲鳴を上げています。今朝も娘からの電話で目を覚まし「未だ寝てた?」恥ずかしいと思いながら「夜中に足が攣り、軟膏を貼ったりしてたから」の言い訳です。本当に夜中に足が攣り、激痛で起きる事が多くなりました。
さすがに十日間も外を歩いていないと、外出する不安が募ります。狭い家の中を歩くだけでも、何処かを手で触わらなければ不安です。数日後に東京に住む孫が来るのに、果物くらいは買っとかなきゃーと、日陰を選び近くのスーパーに出掛けました。
食べ物に好き嫌いの有る孫が、りんごは食べると知ってるだけに、我が家に梨とか蜜柑が有っても、わざわざ買いに行かなくてはならずで、ものは思いよう、こんなことが無ければ外に出て行く機会を逃すところです。
久し振りにスーパーの店内でカートに載せた籠の中は、果物や野菜類に卵数パック、夜ご飯に握り寿司とかヨーグルトなどで埋まっていきます。昨夜家計簿を見たら、最近の数か月は一か月に三回しか買い物に行っていないと言う事は、外出も三日間だけです。
最近は家の中を歩くのも頼りないのに、外で歩けるかと出掛けるまで心配でした。ショッピングカーを杖代わりしてるから、普通に歩く事が出来て嬉しかったです。遠くのスーパーに行きたくても、今の脚力じゃー無理だと諦めました。いずれ這ってでも行けそうな、近くのコンビニで買い物をする日が来ると思います。
気付けばマンションのゴミ出しの日以外は、敷地内から九日も外に出ていません。ぼっとしてる自分に罪悪感が有り、キッチンに残っている不用品を段ボール箱に入れ、洋間に積み上げながらまるで引っ越しするみたいと笑えました。
リビングでほっと一息ついてる時に、昔人間の悪い癖が出たと思ったのは、今どきの人ならとっくに捨ててる筈の物を、新品ならいざ知らず、古い物でも未だ使えると収納した事です。さすがに新品は捨てられ無いけど、もう一度古い物を選り分けて処分しようとしています。
最終的に全て遺品整理業者さんにお任せするつもりでも、小物類を仕分けしとけば、業者さんも仕事がし易いかなの老婆心からです。昭和に生きて来た者は、何もかもをゴミとして扱われるのが忍びなく、再利用できる物は活用して欲しいと願っています。
瀬戸物やガラス容器などは壊れるまで使えるし、時代が古くなり年代を重ねるほどに重宝がられるのに、人は歳を重ね過ぎると指の爪にまで”もう少しだ、がんばれ”のエールを送らねばならずです。”光陰矢の如し”あっと言う間に、百年近く生きていました。
子供達は夏休みが終わり、暑いのにランドセルを背負い通学するのが大変だろうと、遠い昔の自分を思い出しています。長いようで短く感じた夏休みの悩みは、宿題に手を付けて居なくて、絵日記を書くのが大変でした。
自分が親になった時に、休み中の子供の宿題を手伝えるのは工作だけです。子供から頼まれなくても、率先してどんな物を作ろうか?と考えるのが楽しみでした。夏休みの工作を数日後に学校で展示し、父兄に見せる日が来ます。
低学年の子に作れる筈が無いと思われる、凄く精密な作品は絶対に親が作ったとバレバレです。私が工夫して作った物は、子供の歳相応だったと思いながら、さすがに子供達が中・高生になるとお手伝いどころか教えて貰う立場になりました。
テレビで不登校の子を見て、無理に学校に行かなくても良いんじゃ無いかと思うのは、私自身が戦時中に学校で学べずに居たけれど、学ぶ気が有っても無くても成人するに従い、色んな事を見聞きしている内に学ぶ事が多く、学校に行かなくても心配ないです。
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