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M子の、M子による、M子のためのブログ

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買い置きの南瓜を炊こうと思い、水をたっぷり調味料を入れてガスコンロにお鍋をかけ、ちょっと一息とリビングでくつろぎ、またキッチンに戻った時、変な気配に慌ててガスの火を止め、お鍋の蓋を開けたら焦げる寸前でした。ビルトインコンロはお鍋の様子が変だと感知すると、火が勝手に消えてくれる筈だけど、真っ黒に焦げた後じゃ有難くないです。

冷蔵庫を開ける度に、佃煮用のちりめんじゃこの買い置きが気になり、きょう刻み生姜を入れて佃煮にします。南瓜の件も有るので焦がさないようにと、今日は小さい火で時々掻き混ぜてはリビングで一休み、これも年齢のせいでしょうか。家に居ると椅子に座りっぱなしで、ほとんど動こうとしていません。最近は特に、筋肉の衰えが酷くなってるようです。

大分前に腰が痛くなった時があり、辛いと訴えた知人が教えてくれたのは「騙されたと思って、タイガーバームを塗ってみれば」に、早速ドラッグストアで買い患部に塗りました。何しろ匂いがきつくて、塗った後で外出は無理です。今日も足が痛むので、久し振りに塗ろうとして蓋を開けたら、中身が大分減っているから以前に散々塗ったんだと思います。

今までは膏薬を貼ってたけれど、タイガーバームも期限切れにならない内に使おうと、痛む腕にも塗りました。ハッカ臭?がきつく部屋中に籠り、決して嫌な匂いじゃないのに、なかなか匂いが抜けないのが難点です。痛みが和らぐので少々の匂いは我慢できますし、今はとても楽になっています。




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昨夕に姉からのメールを受け取り、返信しようと文面を入れてる途中で再びメールが、途中だしと返信文字をつづり終わったので送信ボタンを、誰のメールが届いたかと見れば姉からです。「メールを見て下さいました?返信が無いと不安になります」三十分も経たないうちに急かされても、送られてきた長文に合わせて返事を書いてるのに、ほんとに疲れるわ~と呟きます。

時々携帯に知人からの電話が「お変わりないですか?」に続き色んな話をしてくれるので、気がまぎれるし心強いです。今日は取引をしてる会社の、新任者だと言う女性からの電話があり、一度会ってご挨拶をしたいと言われ「私はもう歳だから、いまさら無駄な時間を割いて頂くのは申し訳ないので」とお断りしました。

過去を振り返れば自分で言うのも何だけど、時間が足りないと思うくらいに働いていたような気がします。何故か歳を重ねて行く内に、思ってるように体が付いて来てくれなくなりました。特に近年は地に足が着かないと言うか、踏ん張りがきかなくなり、ともすれば転びそうになるしふらつくことが多いです。

街の片隅に住んでるので、ちょっとした買い物がしたくてもバスに乗らなければならず、遠出が儘ならぬ昨今を歯痒く感じるようになりました。歩けなくなりそうと嘆いたら、知人が「マンションの中庭を、グルグル歩き回れば運動不足にならないのでは?」老婆にうろつかれると、庭付きの人に迷惑がられると却下です。気持ちは若者と同じなのか、今は繁華街が恋しくなっています。

本を読んでると、同じ時期に戦時を過ごしても、本国と他国とじゃ全然違う体験をしてたようです。広島・長崎の原爆の恐ろしさは体験した人でなければ語れないと思いながらも、今頃になり本を読んで知ることが余りにも多いことが分かります。銀色の翼を広げ飛来し、焼夷弾や爆弾を投下するB29{飛行機}の下を潜り抜け逃げ回ったのは、何だったんだろうと思えてきました。

私達は被災しても日本人同士なので、お互いに助け合いながら暮らせていたけど、本に書かれてるのには、満洲に渡った人は使用人として働かせていた満人が、敗戦とともに置かれる立場が逆転し、物は奪われるは命まで危うくなり逃げ回っていたようです。襲われた時に自害するため青酸カリの包みを、教師数十人分を上の役人?から校長に渡されていたとも書かれています。

学校と言ってもラジオも無く辺鄙な所だったから、終戦の知らせを伝えに来た人が見たのは、教師仲間が川でのんきに泳いでる姿です。あちこちで満人に襲われてると知り、逃げ出す様子など想像するだけで怖かっただろうと思います。周囲が落ち着いたころには食べ物を買いたくてもお金が無く、空腹に耐えるしかないのです。野良犬が盗んで口にくわえてた豚肉を、数人で横取りした文を見て凄いと驚き、子供を背負い外を歩けば、子供を売ってくれと寄って来るので逃げ出したりと驚きの連続です。

避難者が数十人倉庫に居るので、高粱のお粥は支給されても、空腹を満たすことはできません。室内でやることと言えば、肌着に付いた虱{しらみ}です。縫い目に沿って白く米粒大の虱がびっしりと、並んでるのを潰していきます。このくだりは、日本で住む私達も経験済みで、髪の毛の虱は黒くて、髪に白い卵を産み付けられたのを指先で摘まんで取り除くのが大変でした。こんなに興味深く読める本は滅多に無いです。

長年退屈することも無く暮らして来たのに、コロナ騒ぎでテレビを観ても面白くないのか、気付けば積み上げた本に手を出すようになっています。井上 靖 著 しろばんば 幼少期から中学に行くまでの事を面白く読み終えたので、今度は何を読もうかと探すまでも無く、数ページ捲って読むのをやめた、宮尾登美子 著の「朱夏」を読むことにしました。

「しろばんば」で本に馴染んで読む気が出て来たのか、書かれた文章に引き込まれて行くようです。戦時中の話らしく、十代の娘さんが色街で商う父親と後妻との生活から抜け出したくて、田舎の教員男性と結婚し姑との暮らしや、夫が満洲へ教師として行った留守に出産し、夫が迎えに来てくれるのを待つ様子が書かれています。

昭和十九年に高知から満洲に渡ったらしく、行く道中は生まれたばかりの赤ちゃんを連れての旅は大変だったとか。満洲では日本で手に入らなかったお米のご飯が、行った当時は食べられてたようです。水は出ないし住むところは汚くても、満人を使用人として其れなりに暮らしてた様子が書かれ、私が全然知らなかった満洲での生活を、興味深く読むことが出来ました。

人の噂として聴いた事は有っても、満洲はどの辺だったのか今の地図を見ても分かりません。一時期の日本人は良い暮らしをして居たのに、終戦を境に恐ろしい目に遭ったと聴いて居ます。汽車の情景は、私も田舎から神戸に移動するのに貨物列車だったり、普通の汽車でも扉は開きっぱなし、手摺を持つ手を離せば線路に落ち怪我をするか死ぬかのどっちかで、今となっては懐かしい思い出となりました。

コロナ関係の事が書かれた物を読めば、目・鼻・口を触るなと、言われてみれば何故か手が行くのは顔の周辺です。出掛けて帰宅したら玄関先で服を脱ぎ、浴室に直行してシャワーで洗い流せと書いてあるけど、そこまでしてる人は余りいないだろうと思いながらも、私はせいぜい手を洗うだけ、買って来たものを其の侭冷蔵庫に入れる行為は、多分やってはいけない事なのでしょう。

人に依ると買って来た食品を、一個ずつビニール袋に包み冷蔵庫に入れてると聞いた事が有ります。清潔すぎて抵抗力を失う場合も有るかもと思いつつ、でも罹患したらこれも運命と諦めるっきゃないでしょう。歩いてる時に、家の軒先に置かれたプランターの花が誇らしげに咲き、人々の目を楽しませてくれます。うちの年老いた紅白の胡蝶蘭も開花して、毎日和ませてもらっていたのに、二か月を境に一輪ずつ花がしぼむのを見てるのが辛いです。

今は私の番が来たと言わんばかりに、ベランダに置いてるサボテンが、年々勢いを増し子分と合わせて八個が雁首を揃え、巨大に成長した大親分の足元で、子分たちもそこそこ成長し、最近は五個の子サボテンの頭のてっぺんに、親分に敗けるものかとばかり赤く小さな花が数十冠状に咲いています。お水を一週間に一度だけで肥料もあげていないのに、植物の生命力は凄いです。

来年もこの子達の成長が見られるかなと、毎年同じことを思いながら、植物を支えに生きて来た気がします。いずれ私と同じ運命が待ち受け、手に負えない植物だけに、遺された不用品と共に捨てられると思うと哀れです。せめて私が生きてる間だけでも、観賞してあげることにしました。何しろ暇なもんで、話し相手は花だけです。


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プロフィール
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M子
年齢:
95
性別:
女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
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DVD鑑賞
自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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