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M子の、M子による、M子のためのブログ

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電話の向こうから聞こえてくる声で誰から掛かって来たかが分かるものですが、彼方からの声を聞いた瞬間に息を呑むくらいにぞっとする人が居て、一応さり気なく応対はしますが、信じられないような用件を平気で言って来たりで随分困らされた事が有るだけに少々トラウマになって居る人がいます。

自分が嫌だと思うように相手にも言える事だから、違う人に何かを伝えたくても気を遣い此方から電話が掛け辛くなることが有り、私が暇人なものだからつい長電話になりさぞご迷惑を掛けてるんだろうなと思いながら、時々「お話していても良いんですか?」と合いの手を入れてのお喋りです。嫌だとしても「大丈夫ですよ」と返してくれます。

携帯メールが出来るようになってからは不要不急の用件は相手の都合の良い時に読んで貰えるから本当に便利になったものだと喜んでいます。嫌な相手には携帯番号を教えて居ないので家の電話に掛かって来た時は受話器を取るのに緊張して相手の声を聞いてからホッとしたり、ゾッとしたりの繰り返しですが、これも平和の象徴なんでしょうか。

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自分の家族か学校時代の級友を殺そうと考えたけど無理だと思い実行出来くてと言う自殺願望の男が居て、自分が死ぬ時に痛いだろうとか、もし死に切れなかったらとかの挙げ句の果てに考え付いたのが見知らぬ人を数人殺せば死刑になって完璧に自分が死ねるという発想から次々に何の関係も無い人達を殺傷したと言う裁判をニュースで知りました。

自殺出来ない男のお手伝いの為に意味も無く、ある日突然殺されたり傷付けられたりした人達は一体どうすれば良いのかと思ってしまいます。それぞれの人達の周りには家族が居て平和な時を過ごして居たのがいきなり暗転するのです。残された遺族の無念さを思うと古い言い方ですが市中引き回しの刑がが有っても良いのではと思ってしまいます。

何時も不思議に思うのが罪人の人権が護られて居る反面、被害者の擁護が疎{おろそ}かにされているように思います。被疑者ならもしかして冤罪{えんざい}かもと思える時も有りますが、確実に犯罪者と分かって居る人間の人権を必要以上に護っているような気がして何故か合点がいきません。殺人を犯せば恐ろしい目にあうぞと言う厳しい物が無いと此の犯罪は絶えないのではと心配になります。

冷蔵庫の野菜室から子供の死体がと言うニュースを聞いて驚くよりも信じられない気持ちでした。一人暮らしでも野菜室の中は常に満杯状態なのに、ましてや4才の子供が収納出来て居た事にもビックリだし、毎日開閉する度に我が子の遺体が目に入って居た筈なのに、母としての心は悼まなかったのでしょうか。

先日も有りましたが、前夫との間に生まれた子供を現在の夫の手で殺されたと聞き、動物の世界には当たり前のことでも、人間界で同じ事が起きているのを知り、鬼畜にも劣る行為に腹立たしくて本当に残念です。夫の暴力が怖かったと言いますが、普通母親は命懸けで子供を護って当然でしょう。なのに母に見放された子を思うと何とも遣りきれない気がします。

少子化が問題になったり、子供が欲しくても恵まれなくて悩んでおられるご夫婦が多いと聞く時代に何故虐待してまで殺すのかが理解出来ません。子供は親を選べないと言うハンデを背負って生まれて来て、しかも或る程度の年齢まで自分の運命を左右されます。でも生きてさえ居れば何時か夢が叶う時も有るのに、幼くして命を絶たれたら先に行けません。時の流れは速いから少しだけ辛抱して見守って上げれば良い時代がやって来ますから、大切な子供達を殺さないでとお願いしたいです。
昔からだと思いますが関西には人懐っこい女性が多いような気がします。例えばスーパーとかバス停でも、と言うよりは何処に居ても見知らぬ人からよく声を掛けられ、まるで以前からの知り合いのように会話を交わして居るのが何とも不思議です。

最近は一人暮らしが多くなり余計人恋しくしなって居るのでしょう、私も御多分に漏れず知人の迷惑も顧{かえり}みず気が付けば一人盛り上がって喉が痛むくらいに喋り倒して居ます。今日も振り込め詐欺が相変わらず絶えないと言うニュースを聞いて何だか判るような気がしました。

用心深い人ほど騙されるような気がして、詐欺師は近親者が持ち合わせて居ない、人の琴線に触れる技を持っているから其の術中にはまるとイチコロなんでしょう。たまには寂しい老人に声を掛けて上げれば少しは被害を減らせるのでは?何て余計なお世話の一言です。
学校の先生が生徒を短時間注意した事で裁判になったのが最高裁で無罪の判決が出たと言うのをニュースで見て喝采{かっさい}をおくりたい気持ちです。自分の子供の悪いのを棚に上げ母親が文句を言う処までは目をつぶっても、裁判にまで持ち込む厚かましさ、一体何を考えているのか親の馬鹿さ加減に呆れるばかりで二の句が継げません。

子供は幼い頃からの教育が大切なのです。物の善悪を教え込む大事な時期に、親が率先して先生に罪を着せる行為をしてどうすると言いたいです。小学校の先生を侮{あなど}るとしても、やがて子供が成長して大人社会に出た時に親がどれだけ庇{かば}ってやれるか、苦労するのは子供本人なのが分からないのでしょうか。

教師が感情に流されずに、注意すべき事は毅然とした態度で叱るのは許されると思います。学校内の出来事は先生に任せて、問題が有る時はPTAのみなさんの意見を取り入れながら対処すれば良いのでは?個人的にイチャモンを付けに行くのが一番卑怯{ひきょう}なやり方のようだし教育上尤も悪い事柄のように思います。今日のニュースを見て教育現場の大変さを垣間見た気がしました。
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M子
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95
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女性
誕生日:
1931/03/05
職業:
主婦
趣味:
DVD鑑賞
自己紹介:
冥土のほとりを歩きつつ、ブログ。
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