若い時はお昼寝をしても夜、布団に横たわればすっと眠れたのに、この頃は夕方に堪らなく睡魔が襲い、ほんのちょっと二十分くらい居眠りしようものなら明け方まで糸のような目がぱっちり開いて眠くならないので、ほとほと困ってしまいます。
ラジオの音楽やお話を聞いたり、TVをつけてみたりとあっちに向いたりこっちに向いたりと寝返りを繰り返すのもしんどいです。
ガラスの向こうが白み始めた頃に何時の間にか眠れたのでしょう、今度目覚めた時は九時頃です。たとえ数時間でも意識を無くしたように眠られて、再び目を開けられた事に感謝しながら起き上がり、先ず体重と体脂肪を計り記録します。
これは毎日の日課にし始めてから今年で四年目です。我ながら長続きしている事に驚きを感じます。体重を計り初めてから十㎏減量出来て、其の後は二㎏前後を行ったり来たりとあまり変動無く結構調子良く過ごせて居るように思います。
体重減量には食べ物に気を配れば良いのです。栄養バランスを考え、野菜を重点に置き、汁物にすれば満腹感が有ってあまり量的に食べられません。
バカみたいにサプリメントで補う人も居るようですが、高くつくでしょう、だったら美味しく食べたほうが良いように思います。兎に角食事の前に飲み物を、例えば牛乳かお茶でもコップいっぱい呑むだけで便秘にもならなくて良いように思います。
これは私のささやかな経験からのお話です、宜しければご参考までに。
頼まれもしてないのに、ほんにお節介焼きですね、自分でも呆れています。
最近は特に学級崩壊の事をよく耳にするようになりました。
今日もTVを見ていて保護者のあまりにも我が侭な言い分を聞いて驚くと共に腹立たしささえ覚え、今頃の教師は大変なんだとお気の毒だと思います。
教室で席に着かずにうろうろする生徒を廊下に出せば、母親が学校にやって来て文句を言う、校長や担任に謝罪を求め、聞いて貰えなければ授業中の教室に押し掛け騒ぎ立て授業を中断させるようです。
自分の子供を人質として学校に行かせなくしたり、あの先生が居る限り内の子は通学させませんと教育委員会に言い、我が子の非など認めようとしません。
或る女性の校長は生徒達の卒業を見送ってから数日後に川に身を投げて自殺したと聞きました。親の身勝手な言い分の犠牲になったのです、残されたご主人の無念な気持ちが伝わって来るようでした。
何故こんな事になるのでしょう、我々が子育てをしていた頃は子供の事は全て学校にお任せしていましたし、問題も少なかったのではと思います。
子供が帰ってきての会話の中で、先生から叱られた内容を知り、親はそれなりに理解して受け取めたものです。
先生を締め付けるから子供同士のいじめも見て見ぬ振りをし、成る可く関わりを持つのを避ける先生が居たとしても何だか分かるような気がします。下手に口を出そうものなら恐ろしい結果が待っているのが分かるからです。
学校の中の事は或る程度教師に任せないと子供達にとって良い結果にならないでしょう、今の先生には何の権限も無く、揚げ句の果ては職を追われる悲しい運命が待って居るなんてあまりに辛い職業のようで、昔、存在した熱血先生なんて夢物語になります。ホント、この頃の親はおかしいよ、何の権利が有って他人の人生まで狂わすのでしょうか。給食費を払わない非常識な親が存在する事すら信じられないのに学校にイチャモンを付けるバカ親の顔を見たいものです。
心の中で早く帰ってよとの願いも空しく、世間話を始めました、何しろ狭い空間の事だから皆にうつりそうで、其の人が帰ってくれた時は何だかほっとしました。
私の帰る時にお店の人が一言「帰られたらうがいをして下さい、風邪に掛かるかも分かりませんから」と、予約の人の言う言葉が頭にきました「明後日だったら風邪も大分良くなっていると思うから」ですって、自分本位な考え方に、何て非常識な奴だと内心、怒り狂いました。{何しろ気が弱いから口には出しません}
誰だって風邪なんかと仲良くしたくないし、今日まで無事に生きて来たのに今更、縁もゆかりも無い人から風邪なんて貰いたくないもの。
美容院の人もうつされるのは望まないでしょう、こんな時お商売をしていたら断れないから辛いだろうとお気の毒って感じです。
最近は他人を思いやる気持ちは失せたのかと、嫌な気分になりました。
近々高齢の叔母さんのお見舞いに行こうと先方の娘さんに伺う日を指定したばかりなのに、私が風邪になり、もし叔母さんにうつして、それが元で亡くなったりしたら大変なことです犯人は完全に私と言う事になると、彼方の方達から恨まれます。
今晩は生姜湯など飲んで暖かくして早く寝ようと考えています、伺うこちらが元気じゃないと先方さんにご迷惑だと思うので。
ここで言いたいのは自分が他人にうつしそうな病気になったら他人に迷惑にならないよう気を付けるべきです。お互いに思いやりの気持ちを持てば良い世の中になるのにと何時も思う事です。
例えば自分自身の事です、外で悔しい思いをしたり、辛い事が有っても家の中で思い切り泣いてやろうと思うのに何故か泣けません。
身近な人の死が有ってもです、さすがに母と夫と夫の姉が亡くなった時は泣きました。母が死ねば私も死のうと思うくらいに大好きな人だったから、此の世でいっぱい泣けた人でした。次ぎに夫です、四十五年近く何不自由無く優しく支えてくれて頼りきっていた人が目の前から居なくなったんですもの、悲しみと不安で思いっ切り泣きました。
夫の姉が亡くなった時は遠く離れた所に住んでいて普段はあまり交流は無かったので其の死で泣いたのでは無く、クリスチャンで有った姉のお友達が唄う賛美歌に涙が止まらなかったのです。その時思った事は誰かが亡くなったら、今まで顔も知らないお坊さんが来て拝んでくれますが、どうもしっくりしません。
其の点、夫の姉は普段から交流の有るお友達が集まって、心から姉の死を悲しんでくれ、賛美歌を唄って送り出してくれたのです。
其の賛美歌は浪々とした声で、何故か涙を誘います。そこで思った事は私もクリスチャンになり、こんなお友達に黄泉の国に送って貰えたら良いなって。
これらはみんな遠い昔の出来事です、それからは幸いにも泣くような事も無く過ぎて来てます。
最近はドラマを見て感動したり、幼い子供がからんだ何かを見たりすると知らぬ間に涙が頬を濡らしているのに気付き、あ~私にもまだ涙が残っていたんだと、何だか安心してる自分に驚いたりして。
大人に成ってから声を上げて泣いた記憶が有りません、悲しい時は大声を上げて泣けば気分もすっきりすると思いますが大体の人は慎み深く声を偲んで泣いているようです。願わくば本当の悲しみで泣く事がないようにと祈ります。
毎日のようにTVに出てくる東国原宮崎県知事の多忙さを見て少し不安に思えるのは私だけでは無いように思います。
余りにもメディアが騒ぎ過ぎのような気がして、もし何か事が起きればスクープとばかりに足を引っ張られそうで、心配でまるで我が子の事のように”負けないで、最後まで頑張って良いお仕事をして下さい”って陰ながら声援を送っているのです。
こう毎日のように宮崎の景色を見せられれば、一度は行ってみたい気持ちにさせられるし、良い宣伝になってる事は間違いないでしょう。
日本国中の多くの人が旅のスケジュールに入れてるのではと思われ、宮崎の県民はセールスマンとして良い人を知事に選んだと思います。
最初は疑心暗鬼な気持ちで見ていた人達も段々見る目が変わって来て”ひよっとすると、ひょっとするかも”と期待しはじめているのではないでしょうか。
宮崎県がこれから先、活性化して行く姿を他の県が見習うと良いから、是非良い結果を残してくれる事を願いたい気持ちです。
TVの取材も一時期だけの物にしないで、どんどん応援して上げて欲しいと思います。今までの知事は色んなしがらみが有って、自分で幾ら頑張ろうとしても思うような仕事が出来なかったんでしょうが、賄賂を貰ったんじゃ~言い訳が出来ません。
金銭の授受の無い明るい県政で乗り切って行って欲しいと心から願っています。