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だんだんと物忘れが酷くなり、今夜も湯船に浸かってる時にハッと思い出したのは、本屋さんにお金を払う日が昨日だったことです。お風呂から出るなり電話を掛けて月曜日にお支払いしますと言えば、何時でも良いですよと言って下さいました。姉の月刊誌を二冊買い始めて六年近くなります。
発刊日が近付くと姉から注文メールが届くので、配達当日より前に本屋さんに行き配達をお願いするのは、忘れぬ内にと思うからで、先日店主の奥さんに「定期購読にしときましょか?」内心、そんなのが有るなら早く言ってよ、六年近く頼まれた本の注文にどれだけ気を遣った事か、定期購読手続きをした途端に姉は死んでるかも。
明日、息子と孫娘が来るので、お土産のケーキを買いに行った序にスーパーへ、カップ入りのコーヒーだけ買うつもりが、相変わらずの悪い癖が出て、気付けば籠の中は満載、店頭に並べられた正月用のパック入りお節を次々、黒豆・たらこ煮・田作り等が入って居ます。夜ご飯を作るのが面倒と、トンカツ弁当を買いました。
徐々に手抜きの食事が増えて行きそうだけど、ひじきを炊くのに、うす揚げを買ったし野菜炒めの材料も、誰かに食べて貰うんじゃ無く、自分が美味しけりゃ~良いんだから気は楽です。時々自分でも信じられない、えげつない食べ物が並ぶことが有っても笑って許せます。一人暮らしをいつまで満喫する事ができるのでしょうか。
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今年も残すところ後わずかだと、焦り気味に玄関前などの掃除をしたり、トイレ用のスリッパを洗ったりしただけで一日が過ぎました。レースのカーテンは何度も洗濯してる内に年数が経ち弱って来たのかボロボロに、買い置きの新品があるので取り換えることにし、リビングの敷物が欲しくても買えなかったです。
昨夜「数日後に、父と伺っても良いですか?」の孫娘のメールに、どうぞと返信はしたけれど、家の中は雑然としたまま、少しは綺麗にしとかねばと思っています。日を重ねる毎に体の動きが鈍り、思うように動いてくれなくなり歯がゆいけれど、此れが高齢者の現実だと心ならずも頑張るのを諦めました。
再度姉からのメールは「やっぱり梅酒より大吟醸の清酒が呑みたいので、出た序に買って来て下さい」アル中かって思われそうだけどさに非ず、姉なりに新年の行事としてるので、ひとっ走り買いに行かなくてならないのです。ボーっと座ってんじゃね~とばかり、みんなで寄ってたかり、はっぱを掛けられてる気がします。
不思議なもので誰かに物をあげて減らしたつもりが、また貰うから増えるの繰り返しです。要らない物は捨てろと言われても、戴物を無下に捨てると罰が当たりそうで出来ません。何処かに寄付をすればと言う人が居て、施設に送る術を知ってる人にお願いすることにしました。ガラクタが多過ぎるのも如何な物かと悩みます。
今朝は早起きし知人と待ち合わせの難波に向かい、高島屋の休憩ホールの椅子に座り「今着きました」とメールをして待ってると、二十分ほどして電話が掛り「ずっと待ってるけど 今どこに居るの?」お互いが違う場所で待って居たようです。何とか会う事が出来、食事をしてから目的地に行く筈だったけど、先に用事を済ませてから昼食を摂ることに。難波から心斎橋通りを歩きながら気付いた事は、中国・韓国観光客のかっての賑わいは何処へやら、ずいぶん歩きやすくなっています。
商店街の昔の面影はうすれ、やたら薬局が軒を連ね、観光客が減り店内は閑散としてるようでも、薬いっぱい大きなビニ袋を持つ男性の姿がチラホラ。用事を済ませた後は大丸心斎橋店で昼食を摂り、さっき来た道を難波方面に戻り、もっと南の商業施設に行くと言う知人に誘われ、足が限界とも言えず必死で付いて行き、帰宅して携帯の歩数計を見れば、七キロ近くも歩き、足が棒になりました。
難波で別れヘトヘトになりながら梅田でバスに乗り、家まで座ってるだけです。隣に座った女性が「太ってて御免なさい」と声を掛けられ「お互い様です」話すきっかけが出来たのか、幼い頃に父親に殴られたり、蹴られて死にそうになった事や、旦那さんに暴力を振るわれたけど、数か月前に亡くなった話を聴かされました。
何処の誰とも分からぬ人に話をするだけで、彼女の気持が楽になれば良いんじゃ無いかと思いつつ、自分の知らない他人の人生を垣間見たようで、ただ驚くばかりです。先に降りた私と二度と会う事が無いと言うより、彼女がマスクをしてたので、再び会う事があっても分かりません。長い人生に色んな出来事が有ったけど、改めて周囲の人に恵まれていた事に感謝しています。
昨日荷物を送ると知人から連絡を受けていたので少し早めに起き、いつでも受け取れる態勢で待ちながら、何時も重たい荷物を運び入れてくれる男性に、何か無いかと洋間に買い置きのお菓子を取に行ってる時に、リビングから微かにチャイムの音が聞こえたので慌てて受話器を取ったけど、間に合わなかったようです。
切れたらさいご此方から呼びかけても通じる筈も無く、エントランスのポストに入れられた連絡票を取り、配達員さんの携帯に電話をし、再配達をお願いしました。再び洋間で箱入りのお菓子を追加し待つ事三時間。お蕎麦を湯がきながら今配達されると困るなと思ってたら、あと一分てところでチャイムが、一旦ガスを消します。
今朝は雨が降ってたのでホント申し訳なくて「お口に合うか分かりませんがどうぞ」とお菓子を手渡すと「おおきに ありがとう」と受け取って下さいました。インターホンは便利なようで、此方からはエントランスに向け話し掛けられない不便さが有ります。時代が代われば外に向け、SOSの呼びかけが出来るようになるのでしょうか。
贅沢な話で、段ボール箱に満載の食料を戴き有り難いと思いながらも、一人暮らしの婆~さんが食べ切れぬほど戴くのは如何な物かと悩みます。お礼状に「年内いっぱいに とうてい食べ切れません」の一筆で通じたでしょうか。送料も馬鹿にならないのに、我が家の冷蔵庫がこれ以上は無理だ、勘弁してくれと悲鳴を上げています。
今朝、知人女性から電話があり、近々南へ用事で行くので会いませんか?と言われました。大阪の北と言えば大阪駅のある梅田近辺で、南と言えば心斎橋から高野山に向かう南海電車の始発駅がある難波周辺の事ですが、大阪人なら北に行くとか、南に遊びに行くと言うだけで通用する言葉でも、さすがに東とか西と言われても通じないと思います。
大阪駅の北裏側に、数年前から高層ビルが立ち並び、長く続く大きな歩道橋が四方に伸び、ビルとビルを繋ぎ、交通量の激しい地面を歩かずにスイスイと目的場所に行けるようになりました。以前は大阪駅の北側は目立つ建物が無く、数年経つ内に見違えるほど高いビルが建ち、多くの商業施設には人々が集い賑っているようです。
市内の北の端っこに住んでる私は、殆ど南に行く機会が無くて、心斎橋で会いましょうと言われても、方向音痴の私には無理だと、難波で落ち合う事にして貰いました。南に行く時は、必ず誰かのお尻に着いて行くからでしょう、大阪に住み始めて60数年も経つのに、未だに大阪に馴染めていない気がします。
誘ってくれる人が居れば、何処へでも喜んで出掛けて行きますが、田舎や山の鄙びた所よりも、人で賑わう繁華街が好きなので、難波から心斎橋は距離的に少し遠いけど、歩けるのが嬉しいから頑張れそうです。外に出れば色んな情景が見られるのと、人の声や雑音を耳にすれば脳が刺激されるんじゃないかと淡い期待を持って居ます。
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